Rhynie Chert-ライニーチャート-

それでもこの世界は美しい

僕の人生を変えた名著たち

知人から、僕の推薦図書を教えてほしいとリクエストをいただいた。そのようなリクエストをいただけるとは、大変有難いことである。もしかしたら今後もこういったことがあるかもしれないと思ったのと、このあたりで自分の人生を、哲学を、倫理を構築してくれた名著たちを整理するという意味でもその簡単な書評とともに並べて紹介してみるというのも趣があり、面白いと思ったのでここにそれを載せておくことにする。

 

1.無限の始まり(原題: Beginning of Infinity)- David Deutsch

この本の著者David DeutschはOxford大学の教授で量子計算システムの開発をしている。だが彼はただの物理学者では断じてない。幼少の頃、彼は「世界の全てを知ることは不可能なのか」という疑問を持った。この世で知ることのできるものの全てを知る。それは壮大でありながらも、知的探求をする心を持つ人間には至極当たり前にもつ感覚なのかもしれない。

この本のテーマは壮大である。なぜなら世界の究極理論を探す旅に出ているのだから。Deutschの語る究極理論は大きく分けて4本の柱からなる。それは量子論、Dawkinsの生物学、Karl Popperの科学哲学、Alan Turingの計算理論であり、この4つをまとめることで、世界の全てを記述する究極の一つの理論が作られるという大胆かつダイナミックな発想だ。そしてこの究極理論を用いて、花が美しいことの普遍的理由、変化に適応することで生き残る遺伝子、選挙のより最適化されたモデル、文明の発生と衰退、そして人類の未来といったところにまで風呂敷を広げる。だがDeutschにかかればこれらのことも朝飯前で、非常に難解でありながらも誤解のない表現で説明をしてくれる。本当の学問とは、このように分野に線など引かず、分野の境界同士を自由に横断し、そして一見して全く異なるものから共通性を帰納し、普遍化しそこからまた演繹することなのだと教えてくれたのはこの本である。

この本の核となるテーマは、「説明explanation」という概念である。良い説明と悪い説明の違い、良い哲学と悪い哲学の違い、そのターニングポイントが17世紀における科学革命、啓蒙運動であった。この本を読了した頃には、あなたもきっと宗教と科学の違いを明瞭に説明できるようになっていることだろう。

この本がなければ今の僕はいないし、きっと物理学科にも進学しなかったであろう。この本の著者のアイデアは非常にユニークとしか言いようがなく、しかしとても的を得た科学哲学の総まとめなのだ。言わずもがな、今の僕の全てを作った大名著である。この本に出会ったのはまだ齢にして16の時であった。もうボロボロになるまで読み込んだが、未だにわからないところがあるくらい難解だ。だが、読み返すたびに新しい発見があり、同時に自分の成長を実感させてくれる。こういった本を名著と呼ぶのだと気づかせてくれ、そしてそのような本に出会えた僕は大変な幸せ者である。

 

2. 実在の織物:世界の究極理論は存在するか(原題:Fabric of Reality)

-David Deutsch

1で挙げた著者の渾身の処女作。究極理論についてこちらの方が詳しく説明されている。著者の考えは一貫していて、世界を理解するとはどういうことか、古典計算と量子計算における処理困難性と実現不可能性の違い、遺伝子における自己複製子(replicator)の持続可能性、Neo Darwinismとラマルク主義までの哲学の根本的に異なっているところ、一見異分野の異なった風に見えるこれらの共通項は、普遍性のただ一点に尽きる。普遍であるということ、全てにおいて適応できるとは、そのリーチがどのようなものであるかをひたすら演繹しながら説明してくれるこの一貫した論理と姿勢には脱帽である。1つ目の本より難解であるが、読み込むたびに新たな発見をもたらす、こちらも大名著。ただし絶版になっているので価格は時価

 

3. 時間は存在しない(原題:The Order of Time

この本は物理学のさまざまな観点から時間に関する説明をしてくれる。邦訳がちょっとまずくて、時間は存在しないというより(絶対)時間は存在しないの方がより正しい意味にとれるかもしれない。著者は時間の存在を否定するのではなく、時間の存在を物理的な観点と、我々人間の感覚のスケールの両方から説明してくれる。つまり、熱力学、統計力学、相対論などで学んだ時間の概念を整理して、日常の感覚に落としこむという意味ではとても効果を発揮してくれた。この本はScientistたちの精神性を重視してくれている。物理学は道具ではなく、人間の作り上げてきた結晶であり、とても有機的で不完全で、人間臭い、だからこそ美しいということを教えてくれた1冊である。節々に古典文学からの引用があり、それが章全体が引き締め、哀愁と趣を感じさせる。ある意味ではこれは一冊の物語としても読む価値がある。

 

4. 大栗先生超弦理論入門 ブルーバックス

誰しも、世界の構造の真理を知りたいと一度は思うものではないだろうか。もしそんな記憶がないという人も、忘れているだけの可能性も高い。誰しも一度は、自分の身の回りの世界を不思議と思うし、疑問を持つ。ただあまりにも問題が広すぎて壮大すぎる故に、答えへの糸口がなさすぎて大抵の人は考えることをやめてしまうのだ。

だが、人類の中には、それを考え続けてきた人々がいる。それがこの弦理論の研究者たちだ。著者も例に漏れずその一人である。

世界の最小構造は長さの無いひもであるというのがひも理論(著者の主張を採用するなら弦理論)である。クーロンの法則における電荷という概念から素粒子へ、素粒子から弦へと、世界を構成する基本となるパーツはさらにどんどん小さな世界へと先送りされていった。この手法をくりこみと呼ぶ。この本は序章でそのくりこみ論について簡易な日本語でくどいくらいに説明してくれる。古典物理から現代物理学への変遷の過程で、無限大という問題に直面してきた物理学者は、その問題をさらに小さい素粒子の世界に先送りすることで回避してきた。そしてその苦し紛れとも言えるアイデアが、のちに実際に観測されるという奇跡に、僕は人類の発想力の偉大さとそのアイデアの美しさに感動した。

また、空間と時間が等価であるという相対性原理をこれでもかというくらい強調してくれる。

長い間、一般相対論と量子論を統合する統一理論は完成せず、いまだに人類はその答えに辿り着いていない。だが、その統一理論への最も有力な手法としてこの弦理論は注目されている。その弦理論について理論の起こりと歴史から平易な言葉でありながらもエクサイティングに説明してくれる。

物理学とは、機械的なものではなく、人の精神性が創り出す汗と涙の結晶なのだと、この本を通して改めて感じた。それから電磁気の元となるベクトルポテンシャルという量(ゲージ量)を金融市場を用いて説明しているのは非常にユニークだし、面白かった。この部分は別の定性的解釈の視点を僕に授けてくれたので、読んでいてとても楽しかった部分である。

個人的に、我々の生きている世界は10次元という話が一番面白かった。良著。

 

5. 物理入門コース 相対性理論岩波書店

これは物理学科向けの本で、ちゃんと数学的に特殊相対論に入門する本である。古典力学Maxwell方程式と、基本的な微分積分、行列の知識があれば入門していけるはず。

僕はこの本の前に別の本で入門したが難しすぎて半分しか進めなかった。そこで、この本で勉強したら、式の導出がとても丁寧でスッと特殊相対論の世界に入門できた。

マイケルソン・モーレーの実験、ローレンツフィッツジェラルドの収縮仮説など、Lorentz変換までの導出が鮮やかで、さらにはエーテルの話や天体論の話も序章に入っていて、単純に読み物としても面白いし、この本からは一貫した哲学を感じる。

それは、この著者も相対論の表現する数式ではなく、その背後にある精神性に惹かれているのだと、読んでいて感じさせられる点だ。精神性に共感してくれる人の書く本は面白い。この本もそれに漏れないことを僕は保証する。ただし、最終章の一般相対論の部は紙面の関係であまりにも説明を端折っているので、一般相対論は別の本で入門すべきだろう。そこは読む必要がない。

しっかりと数学的に相対論を理解できたなら、きっと世界の展望は大きくひらけてくるだろう。

 

他にもDawkinsの利己的な遺伝子など、読んでよかった名著は存在するが、こういうのはごちゃごちゃあげても意味がないので、数は絞った。今の自分を確実に作っているのはこれらの本である。特に、1,2の影響は計り知れない。

少しでも僕の書評で興味を持っていただけて読んでみたいと思ったら手にとって読んでみてほしい。

あなたの最高の読書ライフにわずかにでも貢献できればと思い、このブログを閉じます。お読みいただきありがとうございます。