8/27(水)
朝目が覚める。昨日は色んなことがあった。昼はソフィアと距離が近づき、夜はイレニアに別れの手紙を渡す。何か、ここまでくるとこの旅に充実感があるような気がする。
にしても結局昨日はソフィアに会わなかった。そこで朝起きてすぐ、ソフィアにラインをする。
「ソフィア、昨日はfarewell partyに来てた?もっと話したかったよ」
20分くらいして返事がする。
「昨日は結局部屋の掃除が大変だったから行かなかったの。今日の最後の朝食は行くからまた後で会いましょ」
ソフィアはあっさりとした返事でありつつも丁寧に返してくれる。
イレニアに対する愛が異性としての恋を超えて、彼女自身のパートナーシップを尊重することによって人としての愛に昇華されているとするならば、僕のソフィアに対するそれは明かな好意と恋心だった。明日には帰りの飛行機に乗る。だから、これがドイツ最後の恋になり、アプローチになる。僕の心は決まっていた。ここにいる間に最大限ソフィアにアプローチをかけようと。
それにしても僕は強気な女性にばかり恋をしてしまう。日本では守ってあげたくなるような女の子が人気なようでそういうか弱い自分を演じる女の子も多いが、日本の外に出ると、自尊心があり、自立して強そうな女の子にばかり惹かれてしまう。きっとそれは僕自身がそういう女の子に憧れているという感情も幾らかあるのだろう。全く持ってひ弱な男であると自分自身に対して思う。
そうやって、僕は遅れないようにlast breakfastの会場へむかう。場所はBismarcplazからすぐ近くのところだ。ネッカー川の橋を渡りながら
ハイデルベルクの風景に思いを馳せる。そして会場に到着すると、すでに外にはたくさんの人が来ていた。サマースクールの参加者全員がいるらしく、貸し切っているそうだ。まだソフィアの姿が見えない。まずすぐに昨日酔っ払っていたレイラとチェンの姿が見えた。チェンのところまで行く。
「チェン、おはよ」
「ねぇマサヤ、私昨日酔っ払ってなんかないから」
「ほんとに?でも顔真っ赤だったよ」と返すとチェンは笑う。
バレリアが話に入ってくる。
「あら、あなた酔っ払ってたの?」
「そんなことないです。普段のマサヤよりうるさくないです」バレリアに返すチェン。それはどういうことだと内心思いながら
「僕がうるさいだって?僕はいつも静かに真面目に授業を受けてるじゃないか」
「いいえ、マサヤが一番うるさいわよ」と入ってくるバレリア。
僕はそんなに授業で騒いでいるというのだろうか。単純に声が大きいだけなのだと思うが。
話をしていると、開店時間になり、一斉にみんなが店の中に入っていく。僕は少しタイミングをずらすことにした。ソフィアがまだ見えていなかったから。
バレリアたちが店に向かっている間に、またMassimoがこちらに気づいて声をかけてくれる。
「やあマサヤ。元気か」
Massimoは爽やかなやつでいつも僕を気にかけてくれる。サマースクール終了4日前に急に仲良くなったやつの一人だ。人生というのは何が起こるか分からないから面白い。
Massimoとその友達の台湾人と話をしていると、後ろからソフィアたちが向かってきているのがわかった。今日のソフィアはメガネをかけていない。格好もワンピースで、物語終盤の
小公女セーラを彷彿とさせるとても清楚な服を来ていた。最近の日本人・韓国人をはじめとするへそを出して素足を出した下品な格好をしていないのが好感が持てる。おそらくソフィアは台湾の中でもかなりしっかりとした家で育ているのがわかる。ソフィアがだらしない服装をしているのを一度も見たことがない。夏でも肌を見せないファッションをしている。彼女をはじめとするドイツで出会った魅力ある女性たちは、みんなそもそも肌を多く露出した、だらしない格好をしない。そうではなく、皆自ら聡明な知性があり、その知性から溢れ出る色気を持っている。
バカみたいな喋り方をして何の知性も教養もなく、肌を露出し自分の性をアピールし、そして外見で人を決めつけ多くの男性を弱者男性と決めつけるクソみたいな女にほとんどこの学校で会っていない。日本はほとんどがそんな女性で溢れている。多くの男性が女性不信に陥る理由がわかる。彼ら男性に非はなく、日本に蔓延るこの病んだ空気こそが諸悪の根源だったのだ。文化レベルが洗練されるとはそういう病んだ空気感が存在しないということなのだと肌で実感する。洗練された場所にくる女性も洗練されていることが多い。少なくとも、イレニア、パウラ、マヤ、ソフィア、ジュリアといった女性たちはみんなそうだった。
いざソフィアに出くわすと、急にドキドキして話しかけられなくなる。少し固まって、そのままマッシモたちと会話を続ける。マッシモがそろそろ店に入ろうぜと促すので、みんなで向かう。ソフィアたちは先に中に向かったようだ。入り口は長蛇の列で、少しづつ進んでいくと、パウラに出会う。
「パウラ!」僕はパウラに声をかける。もう僕にとってパウラはいつでも信頼できるお姉さんのような存在だった。見かけるだけで安心する。
「あぁ、マサヤ!」パウラも僕に気づいて話をする。
「パウラ、おはよ!調子どう?」
「最高よ!マサヤは?」
「僕は今日でパウラと最後なんて信じられないよ。I miss you」
「じゃあまた
ハイデルベルクに来てよ。いつだって私はウェルカムなんだから。」
ドイツ人の女性というのは屈託なくストレートにフレンドリーだ。一体彼女のこのおおらかで親切な性格にどれだけ救われてきただろうか。ふとパウラの腕に目を見ると、いくつかの可愛らしいタトューが入っていた。蝶々だったり梨だったりだ。最初はシールかと思った。そこでパウラに尋ねる。
「ねえパウラ、そのタトューはシールなの?」
「ううん。これは消えないよ。本物」正直僕はタトゥーなんて入れるやつは、それを勲章や儀式として刻む一部の民族的風習で入れている場合を除いて、全員アホだと思っている。親からもらった肌に傷つける行為だ。けどパウラにはそんな偏見を持ちたくなかった。だからさらに聞いてみることにする。「そのタトゥーには何か意味があるの?」
「うん。私のタトゥーは全部家族を表しているの。まずね、この梨はおじいちゃん。おじいちゃんは梨が好きだから」
そういって饒舌にパウラはおじいちゃんについて話を始める。またまた僕の英語力の問題でうまく聞き取れない。でも、家族について話をするパウラは本当に楽しそうだった。ひと通りおじいちゃんについて話し終わり、次に蝶のタトゥーについて話を聞こうとしたら、僕たちはもう店の奥まで来ていて、座る場所を決めることになった。
「僕はパウラと座りたい。もっと話そうよ」
「もちろん」
そういうと、すぐ後ろにソフィアがいた。ドキッとする。メガネをかけていないソフィアも新しくて、そしてフレッシュで可愛らしい。すぐに声をかける。
「ハロー!ソフィア」
ソフィアは僕の方を見て「マサヤ!ハロー」と笑顔を見せてくれる。
僕も嬉しくなる。けど緊張もあり、できるやりとりはここまでがいったん精一杯だった。情けないものである。挨拶だけして、すぐパウラのところに戻る。
僕はパウラと共についていく。そして向かった先は、一番奥の明るい空間だった。他の場所は間接照明で薄暗かったが、僕たちが向かった部屋はとても明るかった。僕のテーブルには中国人のノラ、先生のバレリア、パウラとマヤが座った。そして僕のすぐ隣のテーブルでソフィア、マッシモ、ジョ
セフィーヌ、ガブリエラが座る。
まずは自分のテーブルを楽しみ、最後にソフィアに声をかけようときめる。
バイキング形式で好きなところに食事をとりに行く。僕の前にはジュリアが並んでいた。ジュリアととにかく話をする。
「ジュリアはどうやって英語を勉強したの?」
ジュリアはドイツ人で4カ国語くらい喋れるので言語のコツを聞こうとした。
「ドイツ人は大体9歳くらいの時から英語を学び始めるの。だからこれと言ってそんなに努力をしたっていう感じもないのよね」そういえばイレニアも確かそれくらいから英語を学び始めたと言っていた。
「日本人は13歳から英語を学ぶけど、みんな話せるようにはならない」
「そうなの?それは不思議ね」
きっとカリキュラムが根本的に違うのと、日常的に生活の中で英語に触れられる時間がドイツの方が多いはず。ヨーロッパの知識階層からすれば、英語は方言のような感覚なのだろうか。つまり標準語の英語と方言のドイツ語といった感じである。
「でもアカデミックなレベルが上がると、もう英語じゃないと通用しないでしょ」とジュリアに言うと
「それはそうね。日本だと違うの?」
「日本は明治の偉人たちが英語を全て日本語に置き換えてくれたから、論文以外は全て日本語で学べるよ」
それを聞いてジュリアは「まぁ!」と言う形で驚いていた。
「だけど僕の場合はphDで海外に行くことを考えているから自力で克服しないといけないんだ。まだまだ英語は苦手だよ」と言うよ
「あなたの英語は、並のドイツ人より上手よ。自信持って」とジュリアはフォローしてくれた。お世辞でも嬉しく思う。ドイツ人にお世辞という文化はあるのだろうか。
好きなメニューを取り切り、自分のテーブルに戻ろうとすると、違うテーブルのチェンと眼が合う。チェンとその角にもう一人違う韓国人に見える女の子が座っている。
チェンに声をかける「ねえチェン、How are you ?」
「いい感じよ。」と元気そうに返すチェン。チェンともこれで最後だからちょっと話をしてみることにする。どんな話をしたかは覚えてない。
その後角の子にも話しかける。
「ハロー!君も韓国人?僕は日本人」
その子は少しおとなしそうな子だったが明るく返してくれる。
「そうだよ」
「ちょぬんイルボンサラミムにだ(私は日本人です)」僕は唯一知っている韓国語を彼女に向かって喋る。
彼女が驚く。「え、韓国語喋るの?」
「ううん、僕が喋れるのはこれだけ」
その後少し3人で喋る。やはり、相手の言語を少しでも知っていると相手の自分に対する食いつきが変わる。すると、レイラが帰ってくる。「マサヤ!こんなところで何してるの」
「ちょっと喋ってただけだよ」とレイラに言い、結構喋った気がするのでそろそろ戻ることにする。彼女たちの邪魔をしても申し訳ないし。
「僕は戻るね。ありがとう。ハブアナイスブレイクファスト!」
僕はテーブルに戻る。僕のテーブルにはトーマスとマヤ、パウラとノラがいる。
すでに3人で話していた中、僕が座る。
「戻ってきたよ」みんなに話しかける。
僕は手を合わせて、「いただきます」と日本語を喋り、食事を始める。
食べながら僕は、3人に「いただきます」について語る。
「みんなはご飯食べる前に、何か言ったりしないの?」
それにマヤが答える「私たちは何も言わない」
「日本人は命に感謝をするからいただきますという習慣がある。僕はそれに誇りを持っている。日本では子供がいただきますを言わずに食事を食べると母親が怒るんだよ。それが日本の教育」
それを聞いてみんなが興味深そうに驚いてくれる。こういう新鮮な反応を返してくれると、僕もどんどん話すのが楽しくなる。本当に素敵な人たちだと思う。マヤが僕にきく。
「もう一回教えて。なんて言うの?」
「いただきます」
「イタダキマス?」マヤが発音する。ドイツ人の女の子が片言で話してくれる日本語が嬉しい。イタダキマスと言う言い方も可愛らしく感じる。
「そう!それ!完璧!」興味を持ってくれることをとても嬉しく思う。
僕はお返しに、外国人である僕から見たドイツ語について説明する。
「ドイツ語はまるで生き物みたいに感じることがある。」
それに対してマヤは言う。「なんだかユニークね。どう言うこと?」
「11はelfと言うけど、エルフは妖精でしょ?数字がまるで生きてるみたい」
言語の中に生命を感じるのは稀なことだ。なぜなら言語は、それを知らぬものからすればただの
機械的な意味のない音にしか過ぎないのだから。でもそうではなく、すでに外国人の僕にも馴染みのある音に数字が当てはめられるのは興味深いことだからだ。
「それから冠詞にも性があるでしょ。ドイツ人たちは昔から物質にも生命を感じていたんじゃないかなって。それは
神道の考え方に通じるところがある」
「面白い発想だわ、初めて聞いた」マヤは感心してくれる。
「冠詞に意味なんてないのよ」とパウラは笑いながら説明してくれる。
「何が女性で何が男性の冠詞かはランダムに割り当てられていたに過ぎない」パウラは時たま非常に現実味のあることをいう。こんなことを言ったらロマンも何もないが、そういう普段は無邪気なパウラの現実的な思考もギャップがあって僕は好きだ。
そんな話をしながら実は内心ずっとソフィアのことが気になっている。チラチラと僕は隣のテーブルのソフィアを見やる。ガブリエラたちと盛り上がっている。ちょっと胸がチクっとする。
そんな風にして僕らは一通り話し終えると、水をくみに行くついでに、ソフィアのところに行こうとするがまだソフィアたちは盛り上がっている。その中に入ってもいいが、彼女たちのテーブルは角で、物理的に割り込むスペースがなかった。なので、他の台湾人たちや、まだ別れの挨拶をできていなかった人たちと喋ることにした。そうしているうちに遅れてハルクがやってきた。ハルクは授業が終わってからは、farewell partyにも来なかったりなど学校の活動には積極的じゃなかった。でも僕の方にやってきてくれる。
「ハルク!昨日何してたの!」
「昨日は片付けで大変だったんだよ」ハルクは笑みを浮かべながらいう。ハルクのこう言う陽気なところが好きだ。ハルクとは一番長い時間を過ごした。たまたま近くにいたから話したらお互いに仲良くなり、授業をいつも二人で受けて、授業が終わったら食堂に言ってジョージと合流して3人で語る。これが僕の常だった。
そしてハルクに告げる。「ねぇハルク、喋りたい人がいるんだ。ちょっと行ってきていい?」
ハルクは送り出してくれる。
少し奥を見ると、ソフィアが一人で3人がけのソファの真ん中に座っている。僕を待っているのだと勝手に思うことにして、ドキドキしながらソフィアの元に歩く。そして十分に近づき、僕がソフィアに声をかけようとしたら、ソフィアの方から
「マサヤ!」
と声をかけてくれる。そしてソファの隣をぱんぱんと叩き、「こっち」と案内してくれる。僕たちはまるで恋人のように二人っきりでとても近い距離で座る。この距離感は完全に恋人の距離感だが、ソフィアは拒絶しない。
二人きりになって話す。
「ソフィア、話したかったよ!なんで昨日farewell partyにいなかったの?」
「部屋の掃除してたから。パッキングもいっぱいあるし時間かかっちゃって。結局まだ掃除終わってない」ソフィアは笑顔で話してくれる。
ソフィアは服のバリエーションも多く、少なくともこの三日で同じ服を着ているのを一度も見たことがない。きっと大量に持ってきているのだろう。甚兵衛と
理科大のTシャツ1枚と、タンクトップ3枚、パンツ2枚の僕とは荷物の量が全然違うはずだ。僕の靴は仙台のドンキで買ったクロックス1足だけだが、彼女は靴もいつも違うものを履いている。
「そっか。それは大変だったね。ソフィアのインスタの写真ってさ、日本のアニメだよね」
「そうそう!よく知ってるね!こっちだとそんなに有名じゃないアニメなんだけど」
「そう!それそれ」ソフィアは楽しそうだ。日本人として、日本のアニメを好きになってくれるのはとても嬉しい。なぜなら僕も16歳で家出をするまでに、
ライトノベルを読み、ギャルゲーをやり、深夜アニメを録画するくらいどっぷり僕ものめり込んでいた。ソフィアは日本のアニメ作品を多く知っていて、僕の愛する
ジョジョも全部知っていた。それからソフィアは日本に来て着物をきて茶道をしている時の写真も見せてくれた。写真のソフィアは白い着物がよく似合っていてとても美しかった。
「日本人として、君が日本を愛してくれているのが本当に嬉しいし、日本人として誇らしいよ。ありがとう。」まずは日本人としてソフィアに礼を言う。そして
「僕も国として台湾に感謝していることがある。
TSMCが熊本に上陸してから著しくそこは経済発展した。日本としても台湾に感謝している。」もちろん、それによって交通渋滞や他国資本が日本に
流入してくることの影響、熊本の文化を破壊する懸念などいろんなものはある。ただ、経済発展という部分だけで見れば僕は日本人として台湾の企業に感謝したい。けれど僕の視点はあくまで中立であるということをここに表明しておきたい。
「
TSMCは台湾でも有名な企業で、優秀な学生はみんなここに来たがるの」
ソフィアは少し誇らしげで、それもまた可愛らしかった。まずは互いの国を認め合い、尊重し合う国際交流から入り、僕はさらにソフィアの内側に入るために、自分の深い自己開示をすることにした。
「あのね、僕ソフィアに見せたいものがあって」
「?」不思議そうにソフィアはこちらを見る。
「これが、僕の心であり、誇りなんだ」
なぜこれをソフィアに見せることができたのか。それはイレニアの時と同じように、ソフィア自身が台湾人として誇りを持った上で、他国の文化を尊重できる人であることをこれまでのやりとりから理解できたからだ。そうでなければ、このドイツの伝統を受け継ぐ
ハイデルベルクの街には来ないはずだから。
それを見せた時、静かにソフィアは語る。
「私、知ってるよ。」
僕は驚く。ソフィアは知らないと思っていたから、説明するつもりだったのに。でもその驚きは知ってくれていて嬉しいという驚きだった。ソフィアは僕の期待を超えてきた。
「家族でね、ここに来るの。お父さんが日本好きだから。家族もこれを持っているよ。この手帳なんていう名前?」静かにソフィアは問う。
「これは
御朱印帳っていうんだ」僕はソフィアに返す。
ソフィアとラインを交換した時、その名前には
靖国の靖という字が入っていた。僕がソフィアにさらに興味を持ったのは、中々台湾人でもこの字が入っているのを見ることは少ないし、さらに日本人でも靖の字を見ることは、日常ではそんなになかったからだ。
彼女の台湾での本当の名前は、「靖容」と書いてJing-Rongと読む。この名前から僕が連想したのは、
靖国に眠る英霊の魂の容れ物、つまり魂の器。もしかしたら日本を愛してくれているソフィアの家族は、
靖国の英霊たちに敬意を払ってくれて、そんな偉大なる魂が宿るようにと、そして台湾にとって偉大な人になってくれと思いを込めて名前をつけたのかもしれない。そんなことを思った時、僕は胸が熱くなるのを感じていた。
僕が敬愛する
三島由紀夫先生が市ヶ谷の駐屯地で自殺する前に語っていた有名なフレーズがある。
「このまま行ったら日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残るのであろう」
そして三島先生の語った通り、この日本はそうなってしまっている。今、日本のどこを見ても
天皇に敬意を払うものはおらず、
神道や武士道といった日本人の誇りを持っているわけでもなく、世界を知らずただただ無知で無教養な若者が増え、子供のまま体だけ大きくなった人間で溢れている。そして今の僕たちは、明治の偉人たちが基盤を作って、戦後の日本人が大きく豊かにしたこの遺産を食い潰しているだけなのだ。しかしこれは、神経の無い歯がいずれ腐るように、芯を失った建築物と同じなのだ。いずれ崩れ去るのは目に見えている。僕はこの国を憂いながらずっと生きてきたのだ。魂を失った若者、病んでいる若者、それがこの国の現実。そして僕がもう日本では到底見つけることのできないと思っていた魂を、こんな日本から西に大きく離れた街の中で見つけることができたのだ。僕のこの旅は、この人と出会うためのものだったのだと思わせられるほどに。
「ソフィア、君の名前は本当に偉大だよ。君の名前が羨ましいくらいだ」
「どうして?」ソフィアは不思議そうに僕に尋ねる。
「君の名前にある靖という字は、この
靖国神社と同じものなんだ。これは日本人からすればとても
尊い字なんだよ。」
「もちろん知っている。私も自分の名前を気に入っているから」
この言葉から、ソフィアもイレニアと同じ日本の魂を持っていると僕は確信した。
「ソフィア、君の専攻は中国文学だったよね。なんでそれを専攻しようと思ったの?」
「単純に好きなの。私にとって台湾の歴史を知ることは中国の歴史を知ることでもある。そして歴史を知ることが未来に生きる。」ソフィアは流暢な英語で語ってくれる。やっぱり、何度聞いてもソフィアの英語は美しい。このまま耳が溶けてしまいそうだ。
「歴史を知ることの重要性に気づいている君の感性が素晴らしいよ。逆に日本では、日本人でありながら、
神道や第2次世界大戦について知っている若者は減ってしまった」
「どうして?」素直に不思議がるソフィア。
「
GHQってなに?」とどんどん興味を持ってくれるソフィア。こういう人が聞き手だと本当に話すのが楽しい。
GHQについては、
wikipediaの英語版を見せて方が早いと思って早速僕は
スマホを取り出し検索をかけようとする。ブラウザの入力タブにカーソルを出すと、下に検索履歴が出てくる。その時、とんでもない文字が出てきてしまった。
「台湾人女性 恋愛 傾向」
しまった、今朝調べてたのが出てきやがった、ひらがなならまだしも、漢字はまずい。日本語を知らないソフィアにもバレる。そしてソフィアと僕はほとんどひっついていたので、ソフィアは思いっきりその画面を見てしまっていた。変な汗が出てくる。
気を取り直して何事もなかったかのように携帯をしまう。そして2秒ぐらい間をおいて何ごともなかったかのように自分の記憶を頼りに喋り出す。この2秒は永遠に感じた。
GHQ、つまりGeneral HeadQuarters(
連合国軍最高司令官総司令部)をソフィアが知らないはずがないので、おそらくアルファベットの方ではなく漢字の方で教わっているのだろう。ソフィアなら理解できると思い、これは
アメリカが敗戦国の日本を占領支配するために派遣してきた組織であったことを伝えた。
「台湾はかつて日本の植民地だったでしょ?それと何が違うの?」ソフィアは興味を持ってくれて再び問う。興味深い点がいくつかあった。この時、ソフィアはcolonyという単語を明確に使った。colonyは植民地以外に訳せないが、日本の歴史では併合(annexation)か日本統治時代の台湾(Taiwan under Japanese rule)と呼ばれる。植民地支配とは、
宗主国が植民地の文化を根こそぎ奪い、排除し、自国の文化を強制する悍ましい支配だが、日本は台湾や韓国にそのようなことをしていない。むしろ
旧帝国大学も一つ台湾に置き(そしてソフィアはその台湾の唯一の
旧帝国大学である
台北帝国大学、現国立台湾大学の学生であるのも興味深い)し、恐らくソフィアもそれを知っているはずだった。英語の専門用語に関してはそれほど自信がないと言っていたソフィアなので、おそらく別の意味で用いた可能性がある。そしてもう一つの可能性として本当に植民地と思っている可能性もあるが、僕は決して
歴史認識の不一致による争いをしたいわけではなく、ソフィアという一人の女性と対等に話をしたかったので、その問題には決して突っ込まなかったし、僕が台湾に敬意を払っていることが明確に伝わるような配慮のある表現をもっと選ぶことにした。
「
アメリカにとって日本は脅威だった。日本の軍隊は手強かった。そして
GHQは日本の文化について徹底的に調べ上げ、日本を弱体化させるためには日本から
神道を消すしかないと考えた。なぜなら
神道では人間は神と対等で、
天皇を中心として日本人が神の子であるという意識がみんなにあったから。その意識を奪い取るために、教育から
神道に関するすべての情報が消されてしまったんだ」
ソフィアはずっと僕の目を見て、話を真剣に聞いてくれていた。僕は自分の英語がただいしいかわかなくて、途中何度かソフィアに「Does it make sense?」と確認しながら話した。その度にソフィアは「大丈夫。わかるよ」って返してくれた。僕にとってそれは夢のような時間だった。
「だから僕にとって、君のようにこういう話ができる人は本当に貴重で、他の日本人や台湾人にはいなかったんだよ。君の名前もとても素敵だった。だから君と話したかった。」
僕はドイツにきて、ここまでの話をじっくりできるなんて思ってもいなかった。こんなに話ができたのが、僕が話している途中でソフィアはよく興味を持って僕に質問をしてくれたからだ。そして僕は改めてソフィアにきく。
「君は、自分が台湾人であることを誇りに思っているように見える。だからそんな君を尊敬してる」
「ありがとう。もちろん私は自分が台湾人であることが誇り。日本は違うの?」
「そんな若者はどんどん減ってるんだ。
神道が教育から消されたことでね。
アイデンティティの確立すらできず多くの若者が苦しんでいる。」
「驚きだわ、信じられない。台湾では自国の誇りや歴史を知らないなんて考えられないもの」
「でもこんなに私の名前を褒められたの初めて。嬉しい」ニコニコと可愛らしい笑顔でソフィアは僕に笑いかけてくれる。僕たちが会話に夢中になっている間に、どんどん周りの学生はフライトに向けて帰っていく。どんどん部屋から人が消えていく。急に僕は夢のような時間から現実に戻される。今までのこの天国のような時間から僕はまた日本という地獄に帰らなければならないのだ。多くの魂の仲間に出会えたにも関わらず、僕はまた一人孤独な世界に戻らなければならないのだ。
涙もろくなる。みんな一人一人去っていく。この中にはこれからも再開する人もいれば今生の別れになる人もいるのだろう。年をとるたびに涙もろくなっていく気がする。こんなに人種や国を超えて濃い時間を過ごした仲間が、あっさりと去っていく。まるで人間は孤独な生き物であると教えられるかのように。そういえば僕は一人だったのだと現実を押し付けられるように。それほどまでに、ここで関わった彼らとの時間は夢のような時間だったのだと、別れのタイミングになって改めて思い知らされる。
ジュリアとパウラに別れのハグを手を広げ促される。ソフィアの手前、ここはグッと押し殺してハグを我慢した。ジュリアはすごく悲しそうな顔をする。僕だってジュリアを抱きしめたかった。一体どれだけジュリアが僕のことを気にかけてくれていたのかなんて疑う余地もない。だけど、日本人の誇りをここでは貫く必要があった。だから代わりに握手をした。日本人には別れのハグをする習慣はない。そこは日本人を貫いた。ジュリアもパウラも美人だから、ハグなんかしてしまってはもう男として我慢が効かなくなるし、交友としてのハグなんてものはどう考えでも自分には一生馴染まないであろうからだ。同性ならまだしも特に異性とは。逆にソフィアは二人に飛びついて抱きつく。同性同士だし、無邪気で嬉しそうなソフィアを見ると、僕まで嬉しくなった。ちなみにパウラはニヤニヤしながら僕にハグを求めてくる。さっきのテーブルではパウラに「日本人は付き合ってもない異性にハグなんてしないんだよ」というと、「ヨーロッパの人はハグが大好きなのよ」と嘘か本当かわからないことをすり込ませてくるパウラ。
だから僕はパウラに「このイジワル」と少し冗談混じりにパウラに言いたかったのだが、「You tease me(からかう)」と言わないといけないところを「You cheat me(騙した、浮気した)」と間違えて意味を覚えていて言ってしまった。あの時少しパウラが真顔になったのが、僕の痛恨かつ渾身のミスであった。
けどソフィアの前では誠意を見せた。あとは食事に誘うだけだと、ソフィアがフリーになるのを待つことにした。ソフィアはMayaやガブリエラなど、他の人たちとまた話し始めたので僕は一旦ソフィアの元から離れた。
そして一人、また一人と帰っていく。僕はみんなに別れの挨拶をする。
そして最後にマヤとソフィア、僕と日本人の女の子だけが残る。
日本人の女の子は、一度ハルクや僕と食事して以来、僕のことをなぜか避けていた女の子だった。あんまり話しかけるのも申し訳ないかなと思い、僕の方から声はかけなかった。
けれど、その子が最後僕のところまでやってきて、日本語で話しかけてきたのだ。
「まさやさん、さようなら、またどこかで」
僕は驚いた。彼女にこんな律儀な面があったのか。意外すぎた。彼女ももしかしたら日本の病んだ社会で失った心をこの街の中で取り戻したのであろうか。
そしてマヤとソフィアは何やら話し込んでいる。二人の英語力は高すぎて僕の入る余地はない。ドイツ人のマヤが喋れるのはわかるが、台湾人のソフィアがこんなにバリバリ喋れるのが本当に不思議で仕方ない。大学教育とは別で
バイリンガル教育でも受けてたのだろうか。そしてマヤが帰り、僕たちはこの広い空間の中に二人きりになる。
そして僕たちはまたさっきのソファに二人で座る。
なぜか僕はアニメ
Angel Beats!の最終話で、主人公とヒロイン以外のみんなが消えて、最後に二人だけ残るあのシーンを思い出していた。
そう、僕にとってこの
ハイデルベルクの1ヶ月はまるで死後の世界の天国のようであり、この場所からそれぞれ自分の国に帰っていく他の学生たちは皆、天国からまた転生して次の魂として生まれ変わりに地上へ向かう魂のように見えたのだ。そして皆、地上へ向かい、僕たち二人になった。
またソフィアと二人で話をする。もう何を喋ったか覚えていない。少し話をしたところで、僕はソフィアに提案する。
「ソフィア、今日はもう時間ないかな?一緒に歩いたりご飯食べたりしたい」
「本当?でも今日寮に友達が来るの。それに冷蔵庫の食べ物を消化しないといけなくて。私は明日の朝7時がフライトだから時間がないの」
あっさり断られる。でも意外と辛くなかった。彼女の言葉からは誠意を感じる。それに、物理的にスケジュールが埋まっていれば無理にそれを邪魔する道理は僕にはない。実はソフィアは友達に連絡してスケジュールをずらしてまで僕との時間を作ろうとしてくれた。それは流石に申し訳なかった。最終日はバタバタするものだから、静かに過ごすのは厳しい。
「ソフィア、気持ちが嬉しいありがとう。こんなに話ができる人がいて僕は本当に嬉しかったんだ」
「私しか日本のことわかってあげれる人いないんだもんね」とソフィアはまた勝気な表情を浮かべて楽しそうにいう。けど本当にこのソフィアの強くて明るい性格が好きだ。本当に、この人も太陽のような人だった。
「メッセージは送り合おう。私は1年に1回は必ず日本に行くからその時会えるよ」
「じゃあ僕も台湾に行くから、その時は連絡する。」
「もちろん。台湾にも神社があるから案内してあげる」
そう言ったと僕たち二人でこの広い部屋を後にした。そして部屋を出ると、違う場所に友達が待ってるからと、ソフィアはバイバイと僕に手を振ってくれる。
僕もソフィアに手を振りかえす。ありがとうソフィア、僕と出会ってくれて。
またいつか会えるだろう。そんな期待を込めながら、僕は一人店を後にする。
帰り道、一人で帰っていると、何だか泣きそうになる。
ファイナルファンタジーVIIのスピンオフ、
自由の代償という曲である。主人公ザックスが、本編の主人公
クラウドに夢を託して散る儚さと美しさを感じさせる名曲であるが、そういう意味でこれは別れの曲である。僕でいうなら、これから帰国する僕が、この1ヶ月ドイツにいた僕に別れを告げるような。そんな感じがする。そして同時に、自分の国に帰っていく仲間たちにおくる別れの曲でもある。本当に年を食うたびに涙もろくなっていけない。
寮に帰るとハルクから連絡が来る。最後に一緒にぶらぶらを街を歩きたいそうだ。もちろんと快諾する。
家に帰ったらすぐに寮の掃除を始めた。もう明日の朝には出ないといけない。持ち物はそんなになかったので全部入り切ると思ったが、パスタソースの瓶だけはどこにも捨て場所がなく、困った。仕方ないので瓶は持ち帰り日本に持ち帰ることにする。
そして床の掃除機をかける必要がある。掃除機はTillが残してくれたものがあるが、それは今は
ベトナム人のドーの部屋となっている場所にある。ドーは仕事で部屋を不在にしていた。しかし掃除機を今かけないと間に合わない。ドーに一本連絡をしようとも考えたが、あまり連絡をとりたくなかった。彼はキッチンのシンクにしばらく食べた後のものや調理したフライパンや鍋を片付けずに放置するやつで、僕のレタスも勝手に食べたりと中々馬の合わないやつだった。最初に頃はそいつの食器も一緒に洗ってやっていたが、礼も言ってこないので完全に好きになれなかった。そこで勝手に入るのは憚られたが、扉の鍵がかかっていなかったので、掃除機だけ借りてバレないように勝手に戻してもおこうと思ったのだ。そして部屋に侵入し掃除機だけ取り出し部屋にかける。しかしこれが困ったことに、音が出るだけで全く吸引をしない。この掃除機は壊れていたのだ。仕方なく部屋にその掃除機を戻すが最初のレイアウトを思い出せない。とりあえず元に戻す。自分がやった行為に対してあまりいい気分ではなかった。やはり人の部屋に入るのはよくない。きっと掃除機の置き方も微妙に変わっていて、本人も気づくだろう。まだ謝るかどうするかは迷っていた。
そしてHalukと最後に会いにいく。買い物をしてパスタを食べる。
ハルクはこの日とても機嫌がよく、饒舌だった。買い物してもスーパーの前で饒舌に商品の説明をしてくれたり、ドイツで人気のお菓子について教えてくれる。日本ではドイツのお菓子はそんなに有名でないから、ハルクのアシストは助かった。ハルクには本当に救われてきた。もうハルクに会うのもこれで最後だと思うと涙が出そうになる。
「当たり前に決まっている。車で運転してあげるからどこでも行こう」
僕は本当に良き友に巡り逢えた。ハルクとともに英語を練習できたことも、いつも昼食をとっていたことも。多くの日本人が信頼できなくなっていた僕にとって、人間不信を和らげてくれら唯一無二の友。
ハルクはいつも礼儀正しい人間だった。列にちゃんと並び順番を守り、秩序を守り、争いを起こさないが、愛する者のためには真剣に戦う覚悟のある人間。ハルクの父は軍人だったそうだ。ハルクは誇り高き
オスマンの戦士としての誇りを受け継いでいたのだ。だからこんなにも、ハルクとは馬があったのだと思う。ハルクにはイレニアとの一部始終を話した。静かにハルクは僕に親指を立てるだけだった。この寡黙なハルクの男気あふれる
ジェスチャーに僕は安心する。ハルクは、言葉は不完全であることを教えてくれた。言葉は不完全だからこそ行為で示すべきだという態度を彼は教えてくれたのである。
別れ際に日本人のハルキに出会った。3人で英語で話をする。ハルキはこれからパリに向かうそうだ。僕はひと足さきに寮に帰ることにする。ハルキとハルクを残し、握手をして僕は自分の道に戻った。
家に着くと、ドーがいたので挨拶をする。すると、少しドーの元気がなかった。それを見た時、きっとドーは誰かが部屋に入ったことに気づいていたのかもしれないと思った。最後の日だから、ドーと話をしてみることにする。そこでもし、ドーが部屋に勝手に入った話を出してきたら謝ろうと思った。
「ドー、少し話がしたい。いいかな」
ドーはいいよという。
ドーは
ベトナム人だがドイツ語を話せた。そしてそもそも何の仕事をしているのかもわからない。話を聞くと、車の整備士の研修生として働いているらしく、ドイツ語も語学学校に通って習得したらしい。ドーは一度僕にドイツ語を教えてくれたこともある。そうやってドーの真面目な部分と人間的な部分を知った時、僕は、ドーの部屋に勝手に入ったことに対する罪悪感が大きくなってきた。もう少し話をしようとすると、ドーに電話がかかってきた。だから「気にしないで出て」と僕はドーに伝えドーは部屋に戻った。謝れなかったことが、ものすごくモヤモヤする。
そしてそのモヤモヤを抱えたまま、僕は眠りについた。
8/28(木)
朝目が覚める。いよいよ出発だ。まずは荷物をスーツケースに入れる。そんなに量もなかったので、全部入り切りそうだった。けどジャガイモが大量に残っていて、消化し切らないと芽だらけになってしまうから、ジャガイモは炒めて
ジップロックに入れて持っていくことにした。朝から調理を始める。
もうドーはいなかった。仕事に向かっていたのだろう。
机の上には1.7€のコインが置かれていた。Tillはドーに
規約違反を犯して部屋を貸しているので、正式な住民ではないドーは自分のスクールIDカードを持っておらず寮の中にあるランドリーを使えない。ランドリーにはIDカードの差し込みが必要だからだ。洗濯は1回1.7ユーロで、お金をカードの中にチャージして使う。
彼が洗濯をしたいと言ってきたら、僕はIDカードを彼に貸して、僕のIDカードの残高を消費し、その分を現金で渡してもらうようにしていた。
Tillに対しては勝手なことをしてくれたなって感じだが、それ以外の点ではTillは礼儀正しかったし、いつも僕のことを気にかけてくれていた。だから彼に協力する形でドーにカードを貸していた。そして昨日、僕はドーにカードを貸した。先にカードを返してきたが、金は後で払うと言われていた。これは帰ってこないやつだと思っていたが、ドーはしっかりと机にコインを置き、去っていたのだ。
僕はこの時、ドーの
人間性を尊重する気持ちが芽生えていた。だからこそ同時に、部屋に勝手に入ったことを誠心誠意謝罪しないといけないと思った。
もしかしたら気が狂ったようにブチギレてくるかもしれないが、それでも僕は言わないということがとてもモヤモヤした。すぐに家を出て空港に向かわないといけなかったので、空港に着いたらチャットで謝罪することにした。
まずは全ての荷物をスーツケースに収納し部屋を空っぽにする。手を合わせて感謝し、部屋を後にする。部屋の鍵は駅でスタッフが待っているからそこに返してとのことだった。僕は
ハイデルベルク駅へと向かう。スーツケースを転がしネッカー川を歩く。これが僕にとって最後のネッカー川。やっぱりいつ見ても美しい。この日は少し雨だった。まるで雨が僕の旅路を祝福するかのような
優しい雨。
ハイデルベルク駅からドイッチュバンでフランクフルト国際空港へ向かう。僕の便は第2ターミナルだが、第二ターミナルの場所は
シャトルバスでないといけないそうである。仕方ないので
シャトルの待ち合わせ場所で待っていると、老夫婦に声をかけられる。
「This Bus...to the Airport?」
おそらく英語ネイティブでもなければドイツ人でもない。モンゴルっぽくも見える。
そこで僕は「Yes, This line is accessible to the Airport」と伝える。
すると老婆の方が僕に声をかける「イングリシュ?」何か戸惑っているような感じだった。
「Yes, This is English. Sorry, I can speak only English or Japanese」
とだけ話す。彼らの母国語はなんなのだろうか。不思議だった、僕は何度か「エアポート、エアポート」と伝え、ここが空港行きであることを強調したが、老夫婦たちは何も言わず去っていった。やはり英語だけでなく、多言語習得した方がこんな時ももっと多くの人の役に立つよななんて考えさせられたりもする。
そして空港についた。まずはドーに丁寧に謝罪文を書く。掃除機を取り出すために勝手に部屋に入ったこと、許可なく立ち入って申し訳ないこと、他の荷物には一切触れていないこと。
本当に僕はずっとこのことが引っ掛かっていて、黙ったままでいるのはモヤモヤして苦しかった。そしてこのモヤモヤはまるで日本のご先祖様からお叱りを受けているような気にもなった。
「許可なく人様のところに入るな」
そんなのは日本の常識であり、そして他の多くの先進国でも当たり前である。なぜドーの時だけ僕は入ってもいいと判断したのだろう。たとえ相手が無礼だとしても、僕の方が日本人の誇りを汚してまでそのようなことをするのは違うではないかと、27歳になって痛感する。まだまだ人生は学ぶことだらけだ。
ハイデルベルクの街はそんなことまで最後に僕に教えてくれる。もしルームメイトが常識人で、掃除機が共用部分に置かれていたら僕はこのモヤモヤを知ることはなかった。僕の人間的に未熟な部分を知ることはなかった。だからきっとこれも、僕自身の未熟さを知るための試練だったのだろうと思う。
ドーにメッセージを送る。まだ既読はつかない。空港の中に
マクドナルドが見える。マック
フルーリーのイタリアフレーバーというのが出ていて、イタリアの国旗が出ている。イタリアの国旗をみるとイレニアを思い出してしまう。今頃イレニアは無事に帰れただろうか。ドイツからイタリアまでは1時間ちょっとらしい。日本までの16時間とは驚くほどの短さだ。
荷物検査をする。
ベトナムの時とは違い、ドイツ人の仕事意識は素晴らしく、ホスピタリティも完璧だった。勤勉で真面目なのが伝わってくる。全てのドイツ人に敬意を払う。
僕はこの街で目撃した様々な現象と出会い、そして自分自身の内省を得て、ついに帰国する。この街の全てに感謝し、僕は飛行機に乗った。
僕は窓側の席で、隣が若いドイツ人夫婦、そして後ろが母親と小さい息子の日本人親子だった。若いドイツ人夫婦はすごく親切で、CAさんが
機内食にスプーンをつけ忘れた時もすぐに気づいてCAさんを呼んでくれたりもした。僕はすかさず「Danke」と何度もお礼を言った。それに対して後ろの日本人の母親は足を僕の座席の右側の肘置きに向かって伸ばしていて、足が僕の肘に何度か当たった。しかし母親はそれをやめずずっと足を伸ばしっぱなしにする。こんなのがいるのかと正直驚いた。国内線や格安航空ですらこんなのに遭遇したことはないがまさかドイツから帰る途中の飛行機にこんなのがいて、腹が立った。こいつは日本人としての誇りなんてない。もしこれが僕ではなく、他の外国人が乗っていてもこれをしただろう。すると、こいつは自分の国の印象を悪くするというような想像力は
微塵もないだろう。誇りを知らぬものは平気でこんなことをする。僕はこの旅の中で、日本人のイメージが良かったのは日本の先人たちが外国で礼儀正しくしてくれていたからだと僕はそれを実感する。しかし、この母親のやっていることはそれを損なう行為だ。この親子は何度も言い合いもしていた。同じ日本人として恥ずかしいと思った。
飛行機の中では、
ハリーポッターを見ていた。僕の原点。これと日本のアニメ映画の「デッドデッドデーモンズデデデデスト
ラクション」というものを見る。人によって好みの別れそうな作品であった。映画に集中していると、すぐに
ベトナムに到着した。時間を気にしていなかったが実は1時間以上のフライトの遅れがあったようである。着いた瞬間、前の席の人たちが拍手をしていた。
8/29(金)
ベトナムから日本行きの飛行機に乗る。
ベトナム人の仕事はやっぱり時間にいい加減で搭乗時間は40分ぐらい遅れていた気がする。それでももちろん何のアナウンスもなく、当たり前のように搭乗時刻はすぎる。もう慣れてしまった。郷に行っては郷に従えの精神である。そして飛行機に乗る。僕は通路側で、僕の隣は日本人女性とその幼き子供であった。通路側にいるということは、窓側の人がトイレに席を立つたびにこちらが動かないといけないが、その母親が席に戻る時、何も言わずただ座っている僕の隣に黙ってたって、僕が動くのを待っている時がある。その度にいちいちイラついてしまう。すみませんとか一言言うだけなのにこっちの察する能力に頼りすぎている。実はこういう細かいコミュニケーションができる人を
ハイデルベルクでは本当によく目撃したから、いざ日本に戻るとそう言うのができない人が多くて辟易とする。礼儀の国と言われる日本人の誇りを誰一人持っていないし、そんなのが平気で海外に出てくる。こんなもの、日本の恥ではないか。そして彼らを見て改めて思う。僕はどんなにルームメイトのドーにイラついても、彼に礼儀を尽くすべきだった。勝手に部屋に入るべきではなかった。日本人同士ならそんなこと絶対にしないし、他の人種でもトラブルを避けるために絶対にしないだろう。彼がこちらに配慮をしないというだけで、僕は日本人の誇りを欠いた行動をした。多いに反省した。
ハイデルベルクの街は、最後の最後まで僕に課題を与えてきたのだ。こんなに自分の行為に対して自責の念に駆られ、気分の悪い思いをしたのは久方ぶりだった。
そして15時になり、いよいよ帰ってきた。
羽田空港に着いた。空港で日本語が通じることのありがたさを知る。同時に、今までの天国のような気候ではなく、日本の重く厚くのしかかる空気を感じる。体が重い。そして
ハイデルベルクではイライラするという感情を全く経験しなかったが、ここにきて無性にイライラしてくる。日本の空気があまり洗練されていないと感じたからだろうか。
そして最後、僕は
理科大の永田先生に久しぶりに会いに行くことにした。前日にメールして、来て大丈夫とのことだったので向かう。ドイツの土産を持って、
飯田橋のキャンパスへと向かう。しかしこれが困ったことに、いきなり電車が五反田で止まる。窓に謎の液体が付いていて、点検のために大きく新宿方面が遅れるとのことだった。殺意が湧いた。僕は早速天国から地獄につき落とされたのだ。公共の場所で、謎の液体を窓につけ、大きく交通を狂わせる人間がこの国にいること。そして止まっている間に人は満員になり息をするのも苦しくなる。大きなスーツケースを持っていた僕はこれ以上その場にいるのが苦しかったので、そこを出た。電車は一向動かない。仕方ないので一旦渋谷まで歩くことにした。改札を出ると、そこは嫌な空気が漂っていた。この空虚な場所はなんだ?街を歩いていると、電話をしているバカみたいな格好をした女が歩いている。会話の内容が聞こえてくる。人を馬鹿にしたような高圧的な口調で、人の不幸を食って金を稼ぐような話をしている。耳に入ってくるだけで気分が悪い。
さらに先に進んでいくと、大学生ぐらいの若者たちがサークルか何かの同じシャツを着て、くだらない話をしている。日常の愚痴、恋愛の話。話の中に、他者へのリスペクトを感じない。そして数えきれないくらい見かける、日本人の誇りを失って露出の高い韓国の服を着て歩く若いバカな女たち。知性を全く感じさせず、他者を威圧するような見た目で、まるで自分の街のようにでかい顔をして歩くバカな男たち。
この街は一体なんだ?僕は一体、どこにいるんだ?精神性なんて言葉は遥か昔に忘れ去られたのだ。頭が痛い、呼吸が苦しい。そしてなんとか渋谷まで辿り着く。そこから電車で
飯田橋に向かう。
飯田橋まで着いて神楽坂に降り立った時、幾らかの安心感を初めて覚えた。皇居の外堀が近いこともあって、まだこのあたりの場所は、僕が歩いてきた五反田や恵比寿に比べれば幾分かマシであった。
そして懐かしい道を歩き、永田研究室へ。ここにくるのは今年の3/31以来だ。仙台に旅立ってから、一度も来ていなかった。
6号館の3階にいく。あまり懐かしい気がしない。むしろまるで昨日もここにいたような、そんな感覚。ここは永田先生がいる限り、僕にとっての家であるままなのだろう。
研究室は明かりが付いていた。
インターホンを鳴らすと永田先生が出てくる。
「先生、お久しぶりです。」
「これはこれはお疲れ様です。どうぞ中へ」と永田先生は僕を中に案内してくれる。
研究室のソファに座る。初めて東京に戻って安堵感を覚える。
「どうでしたか、ドイツは」先生は僕に言う。
「ドイツは天国でした。そして日本に戻ってきて、空気の重さに驚きました。」
「そうでしたか、ちなみに中山さんの同期のTさんは今スイスの
ジュネーブにいますよ」
「え、なんですって」僕は衝撃を隠せなかった。同期のT君は最も研究に集中していて成果を出し、そしてとても勤勉でありながら優秀だった。彼とはねちっこい関係ではなかったが、密かに僕のライバルのような存在でもあった。自分の知らないところで時間が進んでいることを知る。そして彼はいつも僕の先をいく。
「Tさんは12月までいる予定です。彼も今頃、ヨーロッパで頑張っていることでしょう」
僕がドイツで恋愛活劇を繰り広げている間に、T君はスイスの
ジュネーブにある
CERNでparticle physicsに取り組み、まだまだ修行を積むそうである。
正直いって悔しかった。だからこそ、僕も負けてられないと思った。
「先生、僕は
イスラエルを目指したいと思っています」
僕は先生にその心境を打ち明ける。あれほどイレニアに行くなと言われた
イスラエル。でも僕は、そこに世界を変える鍵があると思っている。だから目指すという誓いを立てる。
「どうして
イスラエルに」先生はポーカーフェイスのまま表情を全く変えずに僕に問う。
「
旧約聖書の
出エジプト以降、
ユダヤの民は国を持たず世界中に散りました。しかし数千年後、
イスラエルを建国し復活したのです。その間、ずっと自分たちの文化を壊さないように守り続けることで」
「なるほど」そこで初めて先生は興味を持った雰囲気を出す。僕が前より強く
イスラエルを目指したのは、かつての
ユダヤ人のように、日本と言う国がもし亡くなっても、日本語と日本の魂を持つものが世界中に散り、自分たちの文化を保存すれば
イスラエルのようにいつか復活できると僕は考えたからだ。そしてそれを強く確信したのは、イレニアやソフィアとの出会いだった。彼女たちは自分が生まれた国の文化に誇りを抱いていながら、日本の魂を持っていた。これこそが本当の多文化共生だと理解した。もし世界中に散った日本人が、行った先々の文化を吸収し、そして日本語と
大和魂を共通点としてまた一つの場所に集まった時、それぞれの場所で得た文化や誇りも統合して、新たな国家を創生できる。そしてそれはいつになるかわからない。100年先か1000年先か1万年先かわからない。けれど僕ができることは、その道を作ること。そしてその道の先に、まだこの国に僅かに残る日本の魂をもった人間たちをその未来へと送り届けること。それこそが僕の使命だと確信したからだ。
その後僕は先生と1時間以上話をした。研究のこと、未来のこと。そしてこれが、僕にとっての本当の、ドイツの旅の修了証書であった。まるでヴィルヘルムマイスターの修行時代で修行を終えたヴィルヘルムが神父から話を聞かされる時のように。永田先生は僕にとっての神父であったのだ。
ヴィルヘルムが最後に神父にもらう修了証書の中にこう書いてある。
「真の修行者は、既知のものから未知のものを展開することを学び、かくて、師に近づく」
僕にとっての
ハイデルベルクの1ヶ月は修行者としての精神修練だった。そしてその街の中で僕は永田先生より終了の言葉をもらう。
「今回得たことを元に、中山さんが
修論で学術論文を形にすることを楽しみにしています」これはプレッシャーではなく、先生なりのエールだと僕はすぐにわかった。
「はい、先生。また参ります」そう言い僕は研究室を後にした。
これで全ての旅路が完了した。僕はただ世界に対して挑戦をし続けることを誓う。僕は次のステージへと進むことになる。
一人、静かになったキャンパスを歩いて通り抜け、駅へと向かう。もう時刻は21時を過ぎていた。不思議なことに、湿度が高く夜でも蒸し暑い東京の空気は、少し涼しく感じた。