Rhynie Chert-ライニーチャート-

それでもこの世界は美しい

俺の心情をここに吐露させてくれ。俺はもう我慢ができない。

久しぶりに、このブログの筆をとっている。俺は今猛烈に伝えたいことがある。本来それは動画で喋りたいが、生憎仙台に引っ越してからというもの、理科大の頃のように空き教室が自由に使えないため、撮影部屋を確保することができない。自宅は集合住宅である上、カラオケでも俺の声が大きすぎてマイクを使っていないにもかからわらず俺の叫び声が部屋の外に漏れてしまって隣の部屋から壁ドンを喰らうため、好きに動画が撮れずもどかしい日々を送っている。

 

今日僕が綴りたい内なる魂の声は、自分のチャンスを自分で掴むことの美しさという話だ。具体的な話がある。先日知人が焼肉をご馳走してくれたのだが、そこには彼との共通の友人だけでなく、僕にとっては初対面の彼の友人もいた。仲の良さそうな美男美女のカップルが1組、彼の友人として招かれていた。正直こういう場合、僕は相手を褒めまくって相手に興味があるフリをするので(実際に興味はなくても)、少し気が滅入った。つまりそれは接客と同じであり、ホスト時代のヘルプの仕事を思い出すからだ。しかし、僕は招いてくれた彼のことを尊敬しているし、そのご友人ということで、できるだけいい気分になって帰ってもらう必要があると思い(尊敬している彼に報いるためにも)、そのカップルに失礼がないようたくさん話を聞き、喋りやすい雰囲気ができるように努め、彼らの話からできるだけ多くのことを引き出し、そしてそれらの全てを具体的に肯定するという方向で、最大限できる限りのことをした。現場には、彼らだけでなく、普段から僕と仲のいいバングラデシュ人とインド人の友人もいた。正直、僕は初対面のカップルよりも、外国人の彼らともっと熱い話をしたかった。この外国籍の彼らは、僕と同じマクドナルドで働く大切なクルーメイトであり、友人でもある。彼らは自分の国を出て、言語的な壁に抗いながら一生懸命日本語を学び、日本で定職や学位を得るために日々アルバイトをしながら奮闘している。彼らには尊敬する要素しかないし、自分を重ねてしまうこともあり、僕は彼らのような人間が本当に大好きだ。

しかし、僕が大好きな外国籍の彼らとばかり話をしたらそのカップルの二人はきっと話に入ることが難しいだとうし、何より僕ばかりが話をリードするのも傲慢にも思われると思い、できる限りカップルに気を使った。しかしそれはあまり楽しいのものではなかった。しかしそれでも、今回この会を企画してくれた方は僕の尊敬する高齢の日本人であり、彼の顔を立てるためにも(きっと彼はそんなことは僕に強いるつもりは毛頭ないのはわかっていて、それでも彼に敬意を払いたかったので)僕は少し自分のエネルギーを使って、外国籍の彼らと熱い話をするのを少し我慢し、カップルを立てた。それにこのカップルは二人とも育ちが多分に良く、いつも他の人の肉を焼いたり、食べ物をよそったりして、自分の食べる分より僕や他の人の食べる分を優先する本当に人格のできた人であった。だからこそ、たとえ根本的な何かが合わないとわかっていても、僕は彼らを無碍にはしたくなかったし、何より彼らの幸せを応援したいと思った。では何が根本的に合わないと思ったのか。具体的な話をしよう。

カップルの女性の方が、こんな話をした。

「この前イタリアに行きました。親がイタリアに旅行に行くと行ったので、面白そうだったのでついて行きました。ローマや北側の街をまわりました。食べ物が美味しかったです。でもインフラが日本と違うくて、電車もすごく遅れるし疲れたので次は行きたいとは思いませんでした。」

この言葉を聞いたとき、僕は自分の中にたくさんの複雑な感情が流れた。読者の皆様には、これはただの金持ちの娘のエピソードトークであり、この手の話を聞くのに慣れている人や、似たような状況を経験したことのある人はなんとも思わないことであろう。しかし、僕には圧倒的な理不尽さと、哀しみと憤怒を感じたのだ。ここはあえて箇条書きで僕がこの発言から得た感情を整理したい。

  1. ドイツが大好きで過去に二度行った。しかしドイツに行くために僕は多くの書類を書き、旅費を申請し、そして何よりマクドナルドでアルバイトをして自分で稼いだお金で何とかドイツに行くことができた。親に旅行で誘われて行ったなんて生やさしいものではなかった。それに僕は日本の人生に満足できなかった。女の子と付き合っても、どこかで働いても、理不尽しかなかった。時にこの世界は自分に向いていないと死を考えたこともあったほどに。しかし僕をその暗闇から救い出してくれたのは間違いなくドイツという国であり、僕が生涯をかけて関わって行きたいと思わせてくれる国だった。ドイツでも電車は止まるし、日本ほどの快適は期待できない。僕が彼女に対して思ったのは、「生半可な覚悟で、軽い気分で外国なんか行くなこの小娘が」という感情であった。
  2. 僕は人生でイタリアに行ったことはない。しかし僕はこの仙台でも、ドイツも、多くのイタリア人と会い彼らの多くを尊敬し、そしてその中の一人、イレニアに僕は人生そのものを変えられてしまった。イレニアは誇り高きイタリア人であり、彼女はイタリアだけでなく、自分以外の国の全ての考え方、文化、言語、人々に敬意を払い、そして自分の国に誇りを抱きながらも、現状の多くの政策や移民の問題に心を痛める、思いやりのある美しき女性であった。僕はいつか、このイタリアに自分の足で行くことを夢見る少年であり、もちろん自分の稼いだ金で行こうと思っている人間だ。彼女が僕のまだ知らぬイタリアの地に対して、日本の価値観で、しかも自分の金で行ったわけでもないのに日本の価値観でごちゃごちゃと文句をぬかしやがったことは、この僕に対する侮辱であり、そしてイレニアの故郷に文句を言いやがったことは聞きづてがならなかった。もし僕が日本刀を持っていたなら、今すぐにこの小娘を刀で八つ裂きにしてやりたいと、深い悲しみと怒りを覚えた。

僕は、自分自身の人生に誇りを持っている。僕は労働者階級の人間であり、だからこそ日本で多くのアルバイトを経験し、貧困にも抗いながら、それでも多くの借金をし、今研究者としての道を進んでいる。そしてこの借金を自分の投資と考え、これを返済できるように、自分自身に実験の専門知識だけでなく、他言語や交渉、チームマネジメントといった、この世界を生き抜くための様々な技能を涵養している。それに対して、彼女は労働者階級の人間ではなかった。裕福な家に生まれ、必要なものを与えられ、金に困らず生きることができただけの運がよかった人間。もちろん彼女自身も、彼女にしかない苦労を味わってもきただろう。それだけは分かる。人間というのは人に言わずとも、自分の立場にあったそれなりの苦労や理不尽さをもちろん経験しており、乗り越えてきている強い人もいる。きっと彼女もそのうちの一人かもしれない。しかし、ここは僕のブログなので主観的に偏見に基づいて好きなことを好きなだけ書かせてもらう。僕が言いたいことは以下だ。

  1. 人生において、恵まれた環境を甘んじている人間を俺は軽蔑する。つまり、もっと具体的には、家出をしたことがない人間は全員嫌いだ。俺は16歳で家出をした。親にも教師にも逆らった。なぜ親や教師に逆らわない?逆らえよ。お前の人生の理解者なんてこの世にいやしない。だから逆らえ。抗え。それこそが独立の道だ。自立の道だ。そして自分で働いて手にした金や奨学金、奨励金で海外に行け。それ以外の手段で海外にいったなら、そんなこと人に喋るな。自慢するな。貴様がそんなことを言った時点で、貴様は「私は自分で苦労することを知らず、親に甘んじる情けない子供の一人でございます」と言っているのと同じだ。恥を知れ。誇り高き日本人の自覚があるなら、親に甘えるな。ぶ×すぞ。
  2. 俺は労働者階級のヒーローになってやる。俺は、金持ちのガキが嫌いだ。はっきり言ってやる。でも、あいつらは育ちがいいので性格に基本的に問題がないし、だからこそ、よく教育されていて人格に問題がない彼らを大企業は欲しがる。俺はこれまで多くのバイト先や、大学、研究機関で金持ちのガキに会ってきた。俺はあいつらをいつも褒めちぎり、誰にたいしても文句なんて言ったことはなかった。金持ちで癪に障るということだけを俺が我慢すれば、彼らとはいい交友関係を築けるし、少なくとも、深入りした人間関係を求めなければ、彼らとは仕事であれ研究であれいい関わり方ができるからだ。だが、俺の魂の深いところでは、いつも違和感を覚えていた。「こいつらには、ハングリー精神がない。幼い頃から必要なものを与えられてきた。だから家出をしてまで何かを成そうと思ったことがない。だからこいつらと喋っていても何一つ面白くない」これが俺の正直な気分だ。そんなやつらが政治家や総理大臣になっても、きっと庶民の気持ちはわからないだろう。庶民は貧困に抗いながらそれでも生きている。庶民の苦労を知らない人間が国を動かす側に立って、それが民主主義か?人民の人民による人民のための政治は、理不尽な状況で働いた経験がない奴には、行うことなど到底できない。恵まれた人間はこの世界に革命を起こすことを望まない。理不尽を破壊し、庶民の教育、生活環境を向上させ、教育機会を公平に与えることの重要性を真の意味で理解できない。生まれながらにそれら全てを与えられてきた人間に、どうしてその機会の欠乏によって人生における選択肢の多くを失う理不尽さを理解できる?俺は、16歳から自立し、理不尽な大人たちと働きながら、人生を変えるために闘ってきたこの理不尽な社会と、そして自分自身と。俺は東北大学という国立大学の大学院生に運よくなれたが、こんな看板、どうでもいいのだ。こんなしょうもない看板にしがみつき、肝心の学問をおさめようとしない奴らにも俺は辟易としている。
  3. 基本的に俺は日本人の女が嫌いだ。男女機会平等など何だか知らないが、ほざくな。性別による区別は存在すべきだ。そしてそれは、女にも、男にも、公平に幸福を築くためにも必要なのだ。俺にはインド人の友達が何人かいるが、その中に誇り高きインド人の女性の友人がいる。彼女は自立していてとても美しい精神を持っている。しかし、現状カースト制度という理不尽な社会システムのせいで、インド人の女性は苦しい思いをしている人もいる。彼女はそのシステムから自立するため愛する家族の元を離れ、たった一人この日本に研究者として何かを成すため今日本で、日本語の壁に抗いながら自分で勉強しこの世界で強く生きている。そんな彼女がインドを批判したとしても、その批判を僕は受け入れることができる。なぜなら彼女は自立しているからだ。自らの世界で世界を切り拓こうとしているからだ。だが、多くの日本人の女は親や男にブラさがり、安全なところから文句を言う。そしてそれは女だけでなく、男もそうだし大体の日本人もそうだ。安全なところから出たことのない奴らが、今の現状に満足だけしてる奴らが、よそ様の国を批判するな。ぶ×すぞ。そいつら全員タマ無しだ。魂も日本人の誇りもねえ。もし俺に日本刀があれば、そういら全員切り倒し、俺が日本の人口を半分以下にしてもいい。もし日本人全員がそうなら、そんな民族は滅んだほうがいい。世界のためだ。そしてもし地球にそんな人間しかいないのなら、人類は滅んだほうがいい。それが宇宙のためだ。それから、日本の女の中には親の金で脱毛に行っている人間も複数いる。笑止千万、かつての誇り高き日本民族は誇りを失い、教育ではなく男に抱かれるためだけに体や顔の改造に金を使う。そしてそんな全ての見た目が完璧なサイボーグの方が、教養豊かな女性や、たとえ教養はなくとも愛嬌のある人格の素晴らしき女性よりも好まれるこの社会は異常だ。こんな社会、さっさと滅んだ方がいい、いや、俺が終わらせてやる。

俺は、残り1年で修士課程を終えた後、ドイツに旅立つことを考えている。そしてドイツのマイスターのもとで十分に修行を終えた後、自分の会社をいつかおこすことを考えている。そして俺は成功してやる。そしてその後俺は世界中の若者にこう呼びかけてやる。

「若者よ、自分の国を出ろ。世界を知れ。誇りを知れ。さすれば自分の国の誇りに気づける。世界はいま狂っている。その狂いの中で、外の世界を知ったものだけが真実を知り、この腐った世界に革命を起こせる。今が辛いか?苦しいか?誰も理解者がいないか?最高だな。だからこそ君は、世界の理解者になれる。群れるな。群衆は皆騙されている。だが君は違う。君は世界を開く鍵だ。」

我が魂の羅針盤、ドイツの地で見つけたり

帰国して今地元の徳島にいる。僕の実家は、海の堤防の真下にある。五年ぶりに地元の海を眺める。ドイツと比べて、肌が焼けるように暑い。僕が見ているこの青い海は瀬戸内海だ。そしてその瀬戸内海を南に突き抜けると、そのまま広大なフィリピン海へ。さらに南へ少し進んだら、その次は西へ進もう。その先には南シナ海がある。南シナ海を囲む国々は、台湾、香港、フィリピン、ベトナム。さぁその先に航海をどんどん進めよう。少しベトナムを南下し、シンガポールを通ってマラッカ海峡を越えよう。そこから西へ西へ。するとスリランカが見えてくる。さぁそしてアラビア海を通り、紅海へ。そこを直進すればエジプトに辿り着く。そこで海は一旦終わる。エジプトから北に向かおう。そこは広大な地中海だ。地中海を北西に進もう。イオニア海が見えてくる。イオニア海を北に直進するとアドリア海だ。そこをそのまま北にまっすぐ進もう。そこはもうヴェネツィア。ヨーロッパに上陸する。

ベネツィア。僕自身はまだ行ったことがないが、永遠の憧れの街である。写真はカメラが趣味のアメリカ人学生マッシモが撮影したもの。彼ともドイツで出会った。

きっと日本の祖先たちの中には、中国から朝鮮に渡って本州に上陸した人もいれば、このルートを逆に辿ってヨーロッパ、中東からアジアを通って瀬戸内海にたどり着いた人たちもいるはずだ。はるか昔の何千年も前の海の記憶。そしてその記憶が封印されているのが、僕の地元にある謎の神社だ。

地元の沖洲にある、もう誰も寄り付かなくなった神社。厳島神社の分社のように思われるが、祀り神の石碑が鳥居の中ではなく外にある。歴史は不明で、もともとどのような神を祀っていたのか不明。はるか昔、ここに上陸した我々の祖先が作ったものと思われる。ちなみギリシャ神話に登場する水の神はŌkeanosで、ギリシャ語で大海を意味する。沖洲(Okinosu)は音の類似から、西洋の大海から渡来した先祖が名付けた地名の可能性もある。

そして、もしそのルートでたどり着いていたら確実に最低限通らなければならない国は、イタリア、エジプト、スリランカベトナム、フィリピン、香港、台湾。そしてその内フィリピンには既に10年前にいき、僕の名前がタガログ語(フィリピンの母国語)の中にあることを知る。僕の名前はMasaya。Masayaはタガログ語でHappyという意味だ。現地のフィリピン人たちは僕のことをいつもHappyと呼んでくれた。そしてその後の人生で僕は東京、仙台と向かう。仙台ではスリランカ人のアシタと仲良くなる。なぜかアシタとは偶然に仙台の道端で出会ったりすることもあった。そしてその次に僕はドイツに旅立ち、そのドイツの中でイタリア人、台湾人、香港人ベトナム人と魂を引き裂くような衝撃的な出会いをする。まるでそれは魂の記憶をなぞるように。残すエジプト人にももちろん出会ったが、深くなるほどのイベントが起きず、まだ縁は遠く感じた。しかし、これで確信したことがある。まさに僕のドイツでの旅路は、魂の記憶をなぞるような旅であったと。

まず率直に今の僕の心境を吐露するならば、常にドイツが恋しい。

ハイデルベルクから戻った僕の心はまるで大事な半身が引き裂かれたような感じだ。これはきっと、あの街の中で、僕は生まれる前に知っていた魂同士がもう一度生きている間に集まったような心地よさを経験したからだ。そこには怒りや嫉妬、欺瞞といったネガティブな感情は一切存在しなかった。あの場所は天国そのものだった。海外に対してこんな感情を抱くのは初めてだ。16歳の時、フィリピンから帰国した時は安心が大きかったのを覚えている。フィリピンのマニラにあったのは絶望そのものだった。あそこが地獄だとするならば、ドイツは天国だった。精神の修練ができている人間が集まっていたハイデルベルクという街は、僕の精神を大きく向上させてくれた。

この旅はまるでEnyaのCarribean Blueの世界のようであった。

Eurus

 東風

Āfer Ventus

 アフリカの風

 

So the world goes 'round and 'round

 そして世界はまわり巡る

With all you ever knew

 かつてあなたが出会った全てと共に

They say the sky high above

 それは告げている。遥か空高く

Is Caribbean blue

 カリブの海があることを

この曲はカリブ海を歌うが、なぜか僕はいつもこの曲を聴くたびに、行ったこともない地中海を想像していた。

きっと僕の遺伝子は、そして魂はアフリカから旅を始め、そしてこの瀬戸内海に辿り着いた。僕はその遥か昔の遺伝子と魂の記憶を呼び起こすために、ドイツの街に呼ばれたのだ。つまり、もともと全ては僕の中にあったもの。新たに知るのではなく、思い出す旅だった。

僕はこれまでの日本の人生の中で、人間の醜い部分や汚い部分を嫌と言うほど目撃してきた。人の裏切り、欺瞞、詐欺、傲慢、いじめ、拝金とあげていけばキリがない。僕はその中でいちいち心を痛めてきた。悪の心を持った人間の愚かな行為によって侵略され、奪われ、罪もない人が追いやられる。そして僕がその被害者になることももちろんあった。人間は何者にも染まりうる。生まれた時から邪悪な意志を宿した人間はそう多くない。生まれた時は真っ白だからこそ、人は何色にでも染まる。その人に黒を教える人しか周りにいなければ、その人は黒を覚える。その中で、自分の中に、黒以外の色を見つけることはとても難しい。難しいが不可能ではないことを僕はこれまでの人生で学んできた。そして自分に違う色が生まれた時、今度は同じ色を持つ人に出会えた時、「共鳴」は起こる。それこそが僕自身が今回の旅を通してたどり着いた結論だ。

 

僕は日本にいる間、いつも自分が社会の「異物」であるような感覚があった。自分がこの場所にいることが、もともとここにあった秩序を壊してしまうのではないか。そしてどんな集団や組織に属しても、僕はいつも異端者であり破壊者であった。日本の違う地方では大きな迫害も受けた。それでも僕は生きることを諦めきれなかった。死ぬわけには行かなかった。人と何か違うということで一体どれだけの苦しみを味わってきただろう。だからこそ僕は孤独を克服した。それがまず、僕が日本という国の中で達成しなければならない精神の修練だった。孤独であることが辛かった時期がある。そしていざその孤独を埋め合わせるために、寂しさを紛らわすために人と一緒にいてみるが、一緒にいればいるほど自分が他人と違うということを実感し、人との溝は深まり、より大きな孤独感を感じた。そして世界はそういうものだと実感した。僕は孤独の中で自分を磨く方向にシフトした。

「たとえ世界で自分一人しかいなくても、俺は前を見よう。夢を追いかけよう。どれだけ迫害を受けても、負けずに生き続けてやろう。それが俺の人生」

そう思ってからも、自分との戦いは苦しく厳しいものであった。そして苦しみながらも少しずつ孤独な自分に打ち勝っていくことでどんどんストイックに周りを気にせず生きれるようになった。孤独であることを楽しみ、むしろ孤独を好むようになった。そうやって生きていると魂が輝いていくる。その輝きに魅せられて、多くの人が集まってくるようになった。それでもやっぱり人が孤独であることは変わらない。僕と君とは違うからこそ、世界に多様性は生まれる。そういうことに気付き始めて数年が経とうとしていた頃だった。

 

僕はあるきっかけでドイツに行くことになった。正直もうこの頃になると研究に燃えていた僕は1ヶ月も研究室を不在にすると研究が大幅に遅れる焦りもあったし、円安で旅費も高くつくので行くのをやめようとも何度も考えた。でも、キャンセルボタンを押そうとするたびに、僕の魂がそれを押すのをやめさせるような感じがして、僕はキャンセうボタンを押せなかった。それは魂に「ドイツに行け」と言われているような気がしたからだ。そして僕はドイツへと向かうことになる。飛行機に乗り、西へ西へ。そこは初めて自分の体で体感するヨーロッパの空気だった。

 

そして僕はそこで、幾つもの衝撃的体験をする。もちろん、日本と比べて涼しく夜は寒いくらいで、空は日本以上に青いこと、そして夜が短く日中が長いことも衝撃だったが、僕はハイデルベルクという街の中にあるNeue Universitätというキャンパスの中に集まった学生たちの魂に最も衝撃を受けた。そこでであった魂たちの多くは、僕以上の圧倒的孤独を経験していながら、僕よりはるかに幼い時点でそれを克服し、既に世界の境界に立っていた者たちだったのだ。自分と似ているとか、自分と対等と思える人は、日本の中でも、ほとんど出会うことはなかったが、全く0ではなかった。ほんの数名、魂の試練を乗り越えてきたものたちがいたし、僕はそういう人たちと、邪悪な心を持った人間を見分ける目を既に手に入れていた。そしてその目でハイデルベルク大学に集まった学生を見た時、そこにいたのは、似てるとか対等ではなく、はるかに先を行く先輩たちだったのだ。しかし年齢に関してはほとんど皆僕より若かったのが驚いた。そしてそれによって感じたのは、「そもそも自分は孤独ではなかった」という衝撃的な感覚だったのだ。

日本で僕は孤独感を感じ、それを克服し、他人に期待することをやめ、内側から愛を生み出す方法を見つけた。そしてそれによって覚醒は終わったと思っていた。しかし、覚醒にはさらにもう一歩深いところがあった。そしてそれにドイツに来たことで僕は気づくことになる。しかしそれは今の日本の中では気づくことが難しい要素だと今なら思う。なぜなら今の日本では同じ民族内で既に分断が起きまくっているからだ。今の日本はまだ多くの人が愛を消費するものだと思っている。そして奪い合い、憎み合い、悲しみあっている。それがきっと日本だけでなく、まさにアメリカなど多くの世界で起こっているだろう現実。だからこそ、そんな絶望の世界で生きていく上では、周りに流されず自分の魂を輝かす方法を見つける必要がある。しかしそれには決まったやり方はなく、人それぞれによって違うのだ。だから覚醒は宗教や自己啓発では絶対に起こらない。これは僕が身をもって伝える。だからこそ、気づくことはとても難しいことなのだ。日本語が通じて、どこでも意思疎通ができるはずの日本で僕は見えないバリアと壁を感じ、そしてあまり英語が得意でなく意思疎通がそんなにうまく行かないはずの場所で僕は「一つになる」ということを経験した。それは自分の魂が、自分の中という感覚を超えて、本来人は皆ひとつだったということを感じたということである。僕たちは、長い歴史をかけて分断され続け、日本に関しては敗戦以降多くを壊され、日本国内で日本人という同じ民族の中でも分断が起こり続けているのだ。

 

なぜ僕は、ハイデルベルクでであった魂の仲間たちと一つになるという感覚を得ることができたのか。それは僕も彼らも、自分自身のルーツ、そしてご先祖様への感謝の心を持っていたからである。日本人も、昔はそうしてきた。僕の曽おばあちゃん世代までは、戦争を経験していて、ご先祖様に感謝することや、山の神や土地の神に感謝する心を持っていた。今の日本人の多くは全てを物質としてしか思っていない。そこに何か霊性や神性が宿ると思っていない。そしてかくいう僕もそんな物質主義の時代を生きる人間の一人だった。しかし海外に行くために古事記を読み、神社に行き、手を合わせることを覚えてから、ものに宿る神性や霊性を感じはじめた。そしてその目でハイデルベルクを見た時、そこにたとえ神社や仏閣はなくても、木々やネッカー川に既に霊性が宿っているのを僕は感じた。鳥たちが心地よくなき、アヒルたちは草木を食べ、沿岸の人たちは陽気にアクティビティに取り組む。

ハイデルベルクの街並み。手前の川はネッカー川

ネッカー川のほとりの草原で草を食べるダックたち。実は彼らのほとんどはエジプトから連れて来られたのが逃げ出して住み着いたもので、凶暴な彼らによってドイツ原種のアヒルはほとんど殺された。とイレニアが語っていたのが記憶に新しい。

 

これこそが、自然と街が調和するということなのだと気づく。そしてこれは、ここに住まう人々に自然への感謝がなければ絶対に起きない調和なのだ。彼らは知っている。自然の中の霊性を。それを壊すのはきっと何も知らぬ移民や観光客なのだ。だから神社仏閣の多い京都も、今では多くの日本人が霊性を忘れたことによって、多くの神聖な場所はただの物質と化し、そこに多くの洗練されていない外国からの観光客によってその神性は壊されてしまっている。

そして、僕が祖国日本を痛むのと同じように祖国イタリアを痛むのは、イレニアだった。僕には彼女の痛みが分かった。しかしイレニアは僕よりもっと幼い頃から、人と人の分断を移民・難民が街を破壊するというもっと壮絶なフィールドの中から経験し、そして聖書を批判し、彼女の理性で自らの中から愛を生み出していた。そして彼女と対話を重ねる中で、僕は彼女の痛みを想像することで、彼女を理解しようとした。そして彼女は決して人からの愛を求めてもいないし、欲しがってもいなかった。「自分がこうだから分かって欲しい」というものを全く感じない。彼女はただ世界に対する愛ゆえに世界に悲しみ、そして彼女が愛する街である故郷のイタリアを荒らす者の難民にさえも、慈しみの心を持っていた。だから彼女は明確に、イタリアの現ジョルジャメローニ首相の厳格で保守的な移民排斥に関しても批判していた。世界の分断が進めば進むほど、移民は敵になる。そしてそれが今の世界の流れであるし、僕のそのように思っていた。けれどイレニアはもっとその先を見つめていた。とうの昔に、そんな感情はもう克服していたのだ。

 

僕は、自分だけの色を自分の心に移し続けてきた。それは黒でもなく、白でもなく、単色ではないいろんな色が混ざった色だ。東京は例えるなら黒い色をしている。街全体が黒くなっているが、みんなその中に自分だけの色を宿している。だけどそれに気づいていない人が多い。自分の中にもっと深みがあって、他の誰にも負けないオリジナルのカラーがあるのに、黒い世間に騙されて、みんな黒になろうとする。同じような韓国のファッションに身を包み、日本人の誇りを忘れて、「本当の自分」じゃない何かになろうとする。そしてそんな黒い社会の中に居続けて、僕も一時期何度も自分を見失いかけた。自分の誇りとは何だったのか、自分とは何なのか、日本人とは何なのか。16歳の時は自分が日本人であるということが嫌だった。自分が何者であるかという枠組みを遺伝子や文化で定められるのが嫌で仕方なかったのだ。そしてフィリピンに行き、英語を学ぶことで、日本人じゃない何かになろうとした。全てが窮屈だったのだ。しかし、マニラの壮絶な街並みを知り、安全に住むことも、教育も食事もまともに与えられず、モンスターと化してしまった子供達を見た時に、世界の惨状とはどんなに酷たらしいものかと、衝撃を受け、僕は自分が日本に生まれたことを感謝せざるを得なかった。僕は日本というシェルターに守られていたのだ。

 

しかしイレニアにそんなシェルターはなかった。にもかからわず、イレニアはそんな壮絶な環境の中から自分の中に愛を見出していた。そしてそれは、トルコ人のハルクも、家族のルーツをアフリカのカメルーンに持つアメリカ人のジョージも同じだった。彼らも僕に言えないくらいの壮絶な苦労をしてきたはずだ。それでも彼らの中にあったのは自分という民族への「誇り」だった。僕も日本人としての「誇り」をドイツに来る前に取り戻したことによって、彼らから多くのことを学べた。そして魂の共鳴というワンネスを経験した。

「僕は、この感情を味わうために、今までの分断と孤独があったのか」

僕はそれを知る。それに気づく。

そして僕の魂はそれを求めて、日本という場所を出て、遥か西へ西へと向かったのだと気づいた。

EnyaのCarribean Blueは昔からの好きな曲である。日本的な和風な曲が好きな僕が好き好んで聞く数少ない西洋の曲だ。この曲を聞いていつも想像するのは、なぜかカリブ海ではなく地中海だった。地中海からヨーロッパへ、そして中東、アフリカへ。そんな西へ西へと僕の魂を運ぶ曲に魅せられて、ついに僕の肉体も西へと運ばれたのだった。

 

そしてそんな場所で僕はついに魂の邂逅を果たした。国籍を超えて、なお自分の信じるもののために、時には自分の愛する国から排斥を受け、愛するものを失い、それでもなお生きるために戦い続けてきた魂が、一時この場所に集った。これは偶然じゃない。僕はこの場所に呼び寄せられた。だからこそそれゆえに、最後の日の僕はまた全員と離れ離れになることに対して恐れがあった。帰国したのちに、僕に待ってるのは底なしの絶望。人と人が憎しみ合い、戦い合う絶望の世界。そんな世界にまた僕はたった一人戻らなければならないのかと。最後の朝食の日、僕の元から消えていくウィルソン、トーマス、マッシモ、チェン、レイラ、ガブリエラ、ジュリア、パウラ、マヤ、そしてソフィア。一人また一人と消えていく時、僕は例えようのないない痛みのような悲しみを覚えた。それに対してみんな笑顔で消えていく。何一つ苦しい顔をせずに。僕は、一人また一人と人が消えていくたびに、大切な自分の魂が次から次へと抉られ引きちぎられるような気持ちだった。それほどまでに、僕にとってここにいる人たちは、ワンネスだったのだ。

「行かないでくれ、俺を一人にしないでくれ」

そんな叫びをしてる自分がいる。僕は日本で一人、孤独を克服した気でいた。だからこそ、別れなんてものは苦しみでもなんでもなく、それまでの僕にとっては苦痛からの解放だった。「別れることで一人になれる」それは僕にとっての解放だった。

けれど、ここでの邂逅はそうではなかった。一度バラバラになったものがもう一度集まるような、そんな心地よさがあった。欠けていたピースが一つになるような、そんな感覚があった。にもかかわらず、また僕らは別離する。なのにみんなは不安な顔一つせず、自らの国へ、旅へと戻っていく。

その後僕は一人でネッカー川を歩きながら冷静に自分を見つめ直していた。そして、ネッカー川のほとりで、一匹の羽を休める美しきスワンを一羽見つける。彼はどこか遠い一点を見つめ続けている。一体どこを見つめているのだろうか。しかし彼は微動だにせず、一点を見つめ続ける。ただ時が動き出すのをじっと待つように。

そこにあり続けるネッカー川は、僕の心を埋めてくれる。けどこの川とももうお別れだと思うと全てが寂しくも感じた。けれど、そこでハッとする。

このままもしここにい続けて、何か意味があるだろうかと。

僕たちの魂はバラバラになることで、それぞれ自分の国に帰り、そこですべきことをしなくてはならない。そしてまた、全てが終わった時、僕たちは世界のどこかでまた再開するのだ。

僕は彼らに出会って、日本の誇りと多言語に目覚めた。今僕の中で新たな苗が芽吹いたのだ。その苗を日本の中で育てよう。そしてまた、次日本を旅立つ時に備えよう。それこそが、孤独を克服した僕に次に与えられた試練だったのだ。ドイツの文豪、ゲーテのビルヘルムマイスターの修行時代から、以下の部分を引用したい。

芸術は長く、人生は短い。判断は難く、機会は束の間である。行為は易しく、思考は難い。思考しながら行動するのは不快である。始まりはすべて楽しく、入口は期待の場である。少年は驚嘆し、印象は少年を決定する。少年は遊びつつ学び、真剣なるものは少年を驚かす。模倣は生得のものであるが、なにを模倣すべきかを知るのは容易ではない。適切なるものを見出すことは稀であり、それが評価されることはさらに稀である。

僕は大学院での研究を通し、「研究はもっとこうあるべきで、科学における哲学はもっとこうあるべき」と主張をし続けてきた。それゆえに研究室の人間と別離を経験し、常に僕は研究室の中でも浮いた存在だった。研究はなんのためにするのであろうか?その答えはドイツの中にあった。イレニアが教えてくれたのは、多くの分野を知ることで、その境界を壊し、自分自身が境界の上に立ち、全てを俯瞰すること。そしてその全てを尊重することを学んだ。イレニアほどの心動かす存在に出会わなければ、僕はこの心理に辿り着くことはなかった。

山頂はわれわれの心をひらくが、そこに登る段階は心をひかない。われわれは山頂を仰ぎ見つつ、平地を歩むことを好む。芸術の一部は学びうるが、芸術家はすべてを必要とする。芸術を半ばしか知らぬ者はつねに迷い、多くを語る。芸術を完全に所有する者は行為するのみで、語ることは稀であるか、あるいはあとで語る。前者は秘密をもたず、力をもたない。彼らの説くところは、焼いたパンの如く口あたりがよく、一日の飢えを満たすに足りる。しかし小麦粉を蒔くことはできず、穀種を碾いてはならない。言葉はよい。しかし言葉は最善のものではない。最善なものは言葉によっては明らかにならない。行為を生み出す精神が最高のものである。行為は精神によってのみ理解され、再現される。

僕はまさに、芸術(僕の言葉で言うと、学術、つまり言語の学習や物理学の研究そのもの)を半ばしか知らないもので、言語の師であるイレニアや、物理の師である永田先生に比べれば、半人前であり、多くを語りたがる。しかしそれは最善ではないことを知る。そのようなことを語る言葉ではなく、それを生み出す精神の方が重要であることを僕は学んだのである。

僕はこの街で得たことをもとに、元の研究生活に戻る。精神こそが要であり全てである。これからの僕の研究生活に何が起こるのかそれを楽しみにしながら僕は仙台の街に残り、それを目撃するのを楽しみにしておくことにする。

ではこの旅の締めくくりに、そんなEnyaの曲の歌詞を引用して、この物語を締めくくることにしよう。EnyaのBook of Daysという僕のもっとも好きな曲だ。

East or west, over earth or by ocean

 東にも西にも地球にも海にも

One way to be my journey

 それが私の旅路

This way could be my book of days

 この道は私の人生という名の本になる

 

Ó lá go lá, mo thuras

 毎日が私の旅路

An bealach fada romham

 遠い未来

Ó oíche go hoíche, mo thuras

 操る夜も私の旅路

Na scéalta nach mbeidh a choích

 決して聞くことができない物語

 

One day, one light, one moment

 どんな日も どんな光も どんな瞬間も

With a dream to believe in

 信じる夢を持って

One step, one fall, one falter

 一進 一退 そしてつまづく

And a new world across a wide ocean

 広い海を渡り、新しい世界が見えてくる

This way became my journey

 それが私の旅路

This day ends together

 この人生と共に終わる

Far and away 

 遥か遠くへ

僕が東京に出てきて、大学に入る前からずっと好きだった曲。この曲はまるで僕のドイツの旅を予見しているようだった。

そしてこの曲と同じように、僕の人生が終わるまでこの旅は続く。次はどこに行こうか。そうだ、中東がいい。次は中東のイスラエルへと旅に出よう。かつてヨーロッパから瀬戸内海まで渡った先人たちのように。

ハイデルベルクの地下の本屋、異国の言語で何もわからない本を一冊手に取り、一枚一枚ページをめくってみる。するとそこには、僕の知らない、まだ読めない物語が広がっているのを確かに感じる。だから僕も自分の言葉で物語を綴る。たとえそれが、世界の誰にも読まれなくても

 

 

滞独日記Epiloge:「愛国心」はこの世でもっとも美しい「徳」だ(2025/8/27-8/29)

8/27(水)
朝目が覚める。昨日は色んなことがあった。昼はソフィアと距離が近づき、夜はイレニアに別れの手紙を渡す。何か、ここまでくるとこの旅に充実感があるような気がする。
にしても結局昨日はソフィアに会わなかった。そこで朝起きてすぐ、ソフィアにラインをする。
「ソフィア、昨日はfarewell partyに来てた?もっと話したかったよ」
20分くらいして返事がする。
「昨日は結局部屋の掃除が大変だったから行かなかったの。今日の最後の朝食は行くからまた後で会いましょ」
ソフィアはあっさりとした返事でありつつも丁寧に返してくれる。
イレニアに対する愛が異性としての恋を超えて、彼女自身のパートナーシップを尊重することによって人としての愛に昇華されているとするならば、僕のソフィアに対するそれは明かな好意と恋心だった。明日には帰りの飛行機に乗る。だから、これがドイツ最後の恋になり、アプローチになる。僕の心は決まっていた。ここにいる間に最大限ソフィアにアプローチをかけようと。
それにしても僕は強気な女性にばかり恋をしてしまう。日本では守ってあげたくなるような女の子が人気なようでそういうか弱い自分を演じる女の子も多いが、日本の外に出ると、自尊心があり、自立して強そうな女の子にばかり惹かれてしまう。きっとそれは僕自身がそういう女の子に憧れているという感情も幾らかあるのだろう。全く持ってひ弱な男であると自分自身に対して思う。
そうやって、僕は遅れないようにlast breakfastの会場へむかう。場所はBismarcplazからすぐ近くのところだ。ネッカー川の橋を渡りながらハイデルベルクの風景に思いを馳せる。そして会場に到着すると、すでに外にはたくさんの人が来ていた。サマースクールの参加者全員がいるらしく、貸し切っているそうだ。まだソフィアの姿が見えない。まずすぐに昨日酔っ払っていたレイラとチェンの姿が見えた。チェンのところまで行く。
「チェン、おはよ」
「ねぇマサヤ、私昨日酔っ払ってなんかないから」
「ほんとに?でも顔真っ赤だったよ」と返すとチェンは笑う。
バレリアが話に入ってくる。
「あら、あなた酔っ払ってたの?」
「そんなことないです。普段のマサヤよりうるさくないです」バレリアに返すチェン。それはどういうことだと内心思いながら
「僕がうるさいだって?僕はいつも静かに真面目に授業を受けてるじゃないか」
「いいえ、マサヤが一番うるさいわよ」と入ってくるバレリア。
僕はそんなに授業で騒いでいるというのだろうか。単純に声が大きいだけなのだと思うが。
話をしていると、開店時間になり、一斉にみんなが店の中に入っていく。僕は少しタイミングをずらすことにした。ソフィアがまだ見えていなかったから。
バレリアたちが店に向かっている間に、またMassimoがこちらに気づいて声をかけてくれる。
「やあマサヤ。元気か」
Massimoは爽やかなやつでいつも僕を気にかけてくれる。サマースクール終了4日前に急に仲良くなったやつの一人だ。人生というのは何が起こるか分からないから面白い。
Massimoとその友達の台湾人と話をしていると、後ろからソフィアたちが向かってきているのがわかった。今日のソフィアはメガネをかけていない。格好もワンピースで、物語終盤の小公女セーラを彷彿とさせるとても清楚な服を来ていた。最近の日本人・韓国人をはじめとするへそを出して素足を出した下品な格好をしていないのが好感が持てる。おそらくソフィアは台湾の中でもかなりしっかりとした家で育ているのがわかる。ソフィアがだらしない服装をしているのを一度も見たことがない。夏でも肌を見せないファッションをしている。彼女をはじめとするドイツで出会った魅力ある女性たちは、みんなそもそも肌を多く露出した、だらしない格好をしない。そうではなく、皆自ら聡明な知性があり、その知性から溢れ出る色気を持っている。
バカみたいな喋り方をして何の知性も教養もなく、肌を露出し自分の性をアピールし、そして外見で人を決めつけ多くの男性を弱者男性と決めつけるクソみたいな女にほとんどこの学校で会っていない。日本はほとんどがそんな女性で溢れている。多くの男性が女性不信に陥る理由がわかる。彼ら男性に非はなく、日本に蔓延るこの病んだ空気こそが諸悪の根源だったのだ。文化レベルが洗練されるとはそういう病んだ空気感が存在しないということなのだと肌で実感する。洗練された場所にくる女性も洗練されていることが多い。少なくとも、イレニア、パウラ、マヤ、ソフィア、ジュリアといった女性たちはみんなそうだった。
いざソフィアに出くわすと、急にドキドキして話しかけられなくなる。少し固まって、そのままマッシモたちと会話を続ける。マッシモがそろそろ店に入ろうぜと促すので、みんなで向かう。ソフィアたちは先に中に向かったようだ。入り口は長蛇の列で、少しづつ進んでいくと、パウラに出会う。
「パウラ!」僕はパウラに声をかける。もう僕にとってパウラはいつでも信頼できるお姉さんのような存在だった。見かけるだけで安心する。
「あぁ、マサヤ!」パウラも僕に気づいて話をする。
「パウラ、おはよ!調子どう?」
「最高よ!マサヤは?」
「僕は今日でパウラと最後なんて信じられないよ。I miss you」
「じゃあまたハイデルベルクに来てよ。いつだって私はウェルカムなんだから。」
ドイツ人の女性というのは屈託なくストレートにフレンドリーだ。一体彼女のこのおおらかで親切な性格にどれだけ救われてきただろうか。ふとパウラの腕に目を見ると、いくつかの可愛らしいタトューが入っていた。蝶々だったり梨だったりだ。最初はシールかと思った。そこでパウラに尋ねる。
「ねえパウラ、そのタトューはシールなの?」
「ううん。これは消えないよ。本物」正直僕はタトゥーなんて入れるやつは、それを勲章や儀式として刻む一部の民族的風習で入れている場合を除いて、全員アホだと思っている。親からもらった肌に傷つける行為だ。けどパウラにはそんな偏見を持ちたくなかった。だからさらに聞いてみることにする。「そのタトゥーには何か意味があるの?」
「うん。私のタトゥーは全部家族を表しているの。まずね、この梨はおじいちゃん。おじいちゃんは梨が好きだから」
そういって饒舌にパウラはおじいちゃんについて話を始める。またまた僕の英語力の問題でうまく聞き取れない。でも、家族について話をするパウラは本当に楽しそうだった。ひと通りおじいちゃんについて話し終わり、次に蝶のタトゥーについて話を聞こうとしたら、僕たちはもう店の奥まで来ていて、座る場所を決めることになった。
「僕はパウラと座りたい。もっと話そうよ」
「もちろん」
そういうと、すぐ後ろにソフィアがいた。ドキッとする。メガネをかけていないソフィアも新しくて、そしてフレッシュで可愛らしい。すぐに声をかける。
「ハロー!ソフィア」
ソフィアは僕の方を見て「マサヤ!ハロー」と笑顔を見せてくれる。
僕も嬉しくなる。けど緊張もあり、できるやりとりはここまでがいったん精一杯だった。情けないものである。挨拶だけして、すぐパウラのところに戻る。
僕はパウラと共についていく。そして向かった先は、一番奥の明るい空間だった。他の場所は間接照明で薄暗かったが、僕たちが向かった部屋はとても明るかった。僕のテーブルには中国人のノラ、先生のバレリア、パウラとマヤが座った。そして僕のすぐ隣のテーブルでソフィア、マッシモ、ジョセフィーヌ、ガブリエラが座る。
まずは自分のテーブルを楽しみ、最後にソフィアに声をかけようときめる。
バイキング形式で好きなところに食事をとりに行く。僕の前にはジュリアが並んでいた。ジュリアととにかく話をする。
「ジュリアはどうやって英語を勉強したの?」
ジュリアはドイツ人で4カ国語くらい喋れるので言語のコツを聞こうとした。
「ドイツ人は大体9歳くらいの時から英語を学び始めるの。だからこれと言ってそんなに努力をしたっていう感じもないのよね」そういえばイレニアも確かそれくらいから英語を学び始めたと言っていた。
「日本人は13歳から英語を学ぶけど、みんな話せるようにはならない」
「そうなの?それは不思議ね」
きっとカリキュラムが根本的に違うのと、日常的に生活の中で英語に触れられる時間がドイツの方が多いはず。ヨーロッパの知識階層からすれば、英語は方言のような感覚なのだろうか。つまり標準語の英語と方言のドイツ語といった感じである。
「でもアカデミックなレベルが上がると、もう英語じゃないと通用しないでしょ」とジュリアに言うと
「それはそうね。日本だと違うの?」
「日本は明治の偉人たちが英語を全て日本語に置き換えてくれたから、論文以外は全て日本語で学べるよ」
それを聞いてジュリアは「まぁ!」と言う形で驚いていた。
「だけど僕の場合はphDで海外に行くことを考えているから自力で克服しないといけないんだ。まだまだ英語は苦手だよ」と言うよ
「あなたの英語は、並のドイツ人より上手よ。自信持って」とジュリアはフォローしてくれた。お世辞でも嬉しく思う。ドイツ人にお世辞という文化はあるのだろうか。
好きなメニューを取り切り、自分のテーブルに戻ろうとすると、違うテーブルのチェンと眼が合う。チェンとその角にもう一人違う韓国人に見える女の子が座っている。
チェンに声をかける「ねえチェン、How are you ?」
「いい感じよ。」と元気そうに返すチェン。チェンともこれで最後だからちょっと話をしてみることにする。どんな話をしたかは覚えてない。
その後角の子にも話しかける。
「ハロー!君も韓国人?僕は日本人」
その子は少しおとなしそうな子だったが明るく返してくれる。
「そうだよ」
「ちょぬんイルボンサラミムにだ(私は日本人です)」僕は唯一知っている韓国語を彼女に向かって喋る。
彼女が驚く。「え、韓国語喋るの?」
「ううん、僕が喋れるのはこれだけ」
その後少し3人で喋る。やはり、相手の言語を少しでも知っていると相手の自分に対する食いつきが変わる。すると、レイラが帰ってくる。「マサヤ!こんなところで何してるの」
「ちょっと喋ってただけだよ」とレイラに言い、結構喋った気がするのでそろそろ戻ることにする。彼女たちの邪魔をしても申し訳ないし。
「僕は戻るね。ありがとう。ハブアナイスブレイクファスト!」
僕はテーブルに戻る。僕のテーブルにはトーマスとマヤ、パウラとノラがいる。
すでに3人で話していた中、僕が座る。
「戻ってきたよ」みんなに話しかける。
僕は手を合わせて、「いただきます」と日本語を喋り、食事を始める。
食べながら僕は、3人に「いただきます」について語る。
「みんなはご飯食べる前に、何か言ったりしないの?」
それにマヤが答える「私たちは何も言わない」
「日本人は命に感謝をするからいただきますという習慣がある。僕はそれに誇りを持っている。日本では子供がいただきますを言わずに食事を食べると母親が怒るんだよ。それが日本の教育」
それを聞いてみんなが興味深そうに驚いてくれる。こういう新鮮な反応を返してくれると、僕もどんどん話すのが楽しくなる。本当に素敵な人たちだと思う。マヤが僕にきく。
「もう一回教えて。なんて言うの?」
「いただきます」
「イタダキマス?」マヤが発音する。ドイツ人の女の子が片言で話してくれる日本語が嬉しい。イタダキマスと言う言い方も可愛らしく感じる。
「そう!それ!完璧!」興味を持ってくれることをとても嬉しく思う。
僕はお返しに、外国人である僕から見たドイツ語について説明する。
「ドイツ語はまるで生き物みたいに感じることがある。」
それに対してマヤは言う。「なんだかユニークね。どう言うこと?」
「11はelfと言うけど、エルフは妖精でしょ?数字がまるで生きてるみたい」
言語の中に生命を感じるのは稀なことだ。なぜなら言語は、それを知らぬものからすればただの機械的な意味のない音にしか過ぎないのだから。でもそうではなく、すでに外国人の僕にも馴染みのある音に数字が当てはめられるのは興味深いことだからだ。
「それから冠詞にも性があるでしょ。ドイツ人たちは昔から物質にも生命を感じていたんじゃないかなって。それは神道の考え方に通じるところがある」
「面白い発想だわ、初めて聞いた」マヤは感心してくれる。
「冠詞に意味なんてないのよ」とパウラは笑いながら説明してくれる。
「何が女性で何が男性の冠詞かはランダムに割り当てられていたに過ぎない」パウラは時たま非常に現実味のあることをいう。こんなことを言ったらロマンも何もないが、そういう普段は無邪気なパウラの現実的な思考もギャップがあって僕は好きだ。
そんな話をしながら実は内心ずっとソフィアのことが気になっている。チラチラと僕は隣のテーブルのソフィアを見やる。ガブリエラたちと盛り上がっている。ちょっと胸がチクっとする。
そんな風にして僕らは一通り話し終えると、水をくみに行くついでに、ソフィアのところに行こうとするがまだソフィアたちは盛り上がっている。その中に入ってもいいが、彼女たちのテーブルは角で、物理的に割り込むスペースがなかった。なので、他の台湾人たちや、まだ別れの挨拶をできていなかった人たちと喋ることにした。そうしているうちに遅れてハルクがやってきた。ハルクは授業が終わってからは、farewell partyにも来なかったりなど学校の活動には積極的じゃなかった。でも僕の方にやってきてくれる。
「ハルク!昨日何してたの!」
「昨日は片付けで大変だったんだよ」ハルクは笑みを浮かべながらいう。ハルクのこう言う陽気なところが好きだ。ハルクとは一番長い時間を過ごした。たまたま近くにいたから話したらお互いに仲良くなり、授業をいつも二人で受けて、授業が終わったら食堂に言ってジョージと合流して3人で語る。これが僕の常だった。
そしてハルクに告げる。「ねぇハルク、喋りたい人がいるんだ。ちょっと行ってきていい?」
「マサヤ、オフコース。行ってこい」
ハルクは送り出してくれる。
少し奥を見ると、ソフィアが一人で3人がけのソファの真ん中に座っている。僕を待っているのだと勝手に思うことにして、ドキドキしながらソフィアの元に歩く。そして十分に近づき、僕がソフィアに声をかけようとしたら、ソフィアの方から
「マサヤ!」
と声をかけてくれる。そしてソファの隣をぱんぱんと叩き、「こっち」と案内してくれる。僕たちはまるで恋人のように二人っきりでとても近い距離で座る。この距離感は完全に恋人の距離感だが、ソフィアは拒絶しない。
二人きりになって話す。
「ソフィア、話したかったよ!なんで昨日farewell partyにいなかったの?」
「部屋の掃除してたから。パッキングもいっぱいあるし時間かかっちゃって。結局まだ掃除終わってない」ソフィアは笑顔で話してくれる。
ソフィアは服のバリエーションも多く、少なくともこの三日で同じ服を着ているのを一度も見たことがない。きっと大量に持ってきているのだろう。甚兵衛と理科大のTシャツ1枚と、タンクトップ3枚、パンツ2枚の僕とは荷物の量が全然違うはずだ。僕の靴は仙台のドンキで買ったクロックス1足だけだが、彼女は靴もいつも違うものを履いている。
「そっか。それは大変だったね。ソフィアのインスタの写真ってさ、日本のアニメだよね」
「そうそう!よく知ってるね!こっちだとそんなに有名じゃないアニメなんだけど」
「日本だとすっごい有名だよ。高橋留美子先生のうる星やつらでしょ」と僕は得意げにラムちゃんの写真を見せる。
「そう!それそれ」ソフィアは楽しそうだ。日本人として、日本のアニメを好きになってくれるのはとても嬉しい。なぜなら僕も16歳で家出をするまでに、ライトノベルを読み、ギャルゲーをやり、深夜アニメを録画するくらいどっぷり僕ものめり込んでいた。ソフィアは日本のアニメ作品を多く知っていて、僕の愛するジョジョも全部知っていた。それからソフィアは日本に来て着物をきて茶道をしている時の写真も見せてくれた。写真のソフィアは白い着物がよく似合っていてとても美しかった。
「日本人として、君が日本を愛してくれているのが本当に嬉しいし、日本人として誇らしいよ。ありがとう。」まずは日本人としてソフィアに礼を言う。そして
「僕も国として台湾に感謝していることがある。TSMCが熊本に上陸してから著しくそこは経済発展した。日本としても台湾に感謝している。」もちろん、それによって交通渋滞や他国資本が日本に流入してくることの影響、熊本の文化を破壊する懸念などいろんなものはある。ただ、経済発展という部分だけで見れば僕は日本人として台湾の企業に感謝したい。けれど僕の視点はあくまで中立であるということをここに表明しておきたい。
TSMCは台湾でも有名な企業で、優秀な学生はみんなここに来たがるの」
ソフィアは少し誇らしげで、それもまた可愛らしかった。まずは互いの国を認め合い、尊重し合う国際交流から入り、僕はさらにソフィアの内側に入るために、自分の深い自己開示をすることにした。
「あのね、僕ソフィアに見せたいものがあって」
「?」不思議そうにソフィアはこちらを見る。
僕はイレニアにも見せた靖国神社御朱印帳をソフィアに見せる。
「これが、僕の心であり、誇りなんだ」
なぜこれをソフィアに見せることができたのか。それはイレニアの時と同じように、ソフィア自身が台湾人として誇りを持った上で、他国の文化を尊重できる人であることをこれまでのやりとりから理解できたからだ。そうでなければ、このドイツの伝統を受け継ぐハイデルベルクの街には来ないはずだから。
それを見せた時、静かにソフィアは語る。
「私、知ってるよ。」
僕は驚く。ソフィアは知らないと思っていたから、説明するつもりだったのに。でもその驚きは知ってくれていて嬉しいという驚きだった。ソフィアは僕の期待を超えてきた。
「家族でね、ここに来るの。お父さんが日本好きだから。家族もこれを持っているよ。この手帳なんていう名前?」静かにソフィアは問う。
「これは御朱印帳っていうんだ」僕はソフィアに返す。
ソフィアとラインを交換した時、その名前には靖国の靖という字が入っていた。僕がソフィアにさらに興味を持ったのは、中々台湾人でもこの字が入っているのを見ることは少ないし、さらに日本人でも靖の字を見ることは、日常ではそんなになかったからだ。
彼女の台湾での本当の名前は、「靖容」と書いてJing-Rongと読む。この名前から僕が連想したのは、靖国に眠る英霊の魂の容れ物、つまり魂の器。もしかしたら日本を愛してくれているソフィアの家族は、靖国の英霊たちに敬意を払ってくれて、そんな偉大なる魂が宿るようにと、そして台湾にとって偉大な人になってくれと思いを込めて名前をつけたのかもしれない。そんなことを思った時、僕は胸が熱くなるのを感じていた。
僕が敬愛する三島由紀夫先生が市ヶ谷の駐屯地で自殺する前に語っていた有名なフレーズがある。

このまま行ったら日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残るのであろう

そして三島先生の語った通り、この日本はそうなってしまっている。今、日本のどこを見ても天皇に敬意を払うものはおらず、神道や武士道といった日本人の誇りを持っているわけでもなく、世界を知らずただただ無知で無教養な若者が増え、子供のまま体だけ大きくなった人間で溢れている。そして今の僕たちは、明治の偉人たちが基盤を作って、戦後の日本人が大きく豊かにしたこの遺産を食い潰しているだけなのだ。しかしこれは、神経の無い歯がいずれ腐るように、芯を失った建築物と同じなのだ。いずれ崩れ去るのは目に見えている。僕はこの国を憂いながらずっと生きてきたのだ。魂を失った若者、病んでいる若者、それがこの国の現実。そして僕がもう日本では到底見つけることのできないと思っていた魂を、こんな日本から西に大きく離れた街の中で見つけることができたのだ。僕のこの旅は、この人と出会うためのものだったのだと思わせられるほどに。
「ソフィア、君の名前は本当に偉大だよ。君の名前が羨ましいくらいだ」
「どうして?」ソフィアは不思議そうに僕に尋ねる。
「君の名前にある靖という字は、この靖国神社と同じものなんだ。これは日本人からすればとても尊い字なんだよ。」
「もちろん知っている。私も自分の名前を気に入っているから」
この言葉から、ソフィアもイレニアと同じ日本の魂を持っていると僕は確信した。
「ソフィア、君の専攻は中国文学だったよね。なんでそれを専攻しようと思ったの?」
「単純に好きなの。私にとって台湾の歴史を知ることは中国の歴史を知ることでもある。そして歴史を知ることが未来に生きる。」ソフィアは流暢な英語で語ってくれる。やっぱり、何度聞いてもソフィアの英語は美しい。このまま耳が溶けてしまいそうだ。
「歴史を知ることの重要性に気づいている君の感性が素晴らしいよ。逆に日本では、日本人でありながら、神道や第2次世界大戦について知っている若者は減ってしまった」
「どうして?」素直に不思議がるソフィア。
「それはGHQによる神道を排除した教育だった」
GHQってなに?」とどんどん興味を持ってくれるソフィア。こういう人が聞き手だと本当に話すのが楽しい。
GHQについては、wikipediaの英語版を見せて方が早いと思って早速僕はスマホを取り出し検索をかけようとする。ブラウザの入力タブにカーソルを出すと、下に検索履歴が出てくる。その時、とんでもない文字が出てきてしまった。
「台湾人女性 恋愛 傾向」
しまった、今朝調べてたのが出てきやがった、ひらがなならまだしも、漢字はまずい。日本語を知らないソフィアにもバレる。そしてソフィアと僕はほとんどひっついていたので、ソフィアは思いっきりその画面を見てしまっていた。変な汗が出てくる。
気を取り直して何事もなかったかのように携帯をしまう。そして2秒ぐらい間をおいて何ごともなかったかのように自分の記憶を頼りに喋り出す。この2秒は永遠に感じた。
GHQ、つまりGeneral HeadQuarters(連合国軍最高司令官総司令部)をソフィアが知らないはずがないので、おそらくアルファベットの方ではなく漢字の方で教わっているのだろう。ソフィアなら理解できると思い、これはアメリカが敗戦国の日本を占領支配するために派遣してきた組織であったことを伝えた。
「台湾はかつて日本の植民地だったでしょ?それと何が違うの?」ソフィアは興味を持ってくれて再び問う。興味深い点がいくつかあった。この時、ソフィアはcolonyという単語を明確に使った。colonyは植民地以外に訳せないが、日本の歴史では併合(annexation)か日本統治時代の台湾(Taiwan under Japanese rule)と呼ばれる。植民地支配とは、宗主国が植民地の文化を根こそぎ奪い、排除し、自国の文化を強制する悍ましい支配だが、日本は台湾や韓国にそのようなことをしていない。むしろ旧帝国大学も一つ台湾に置き(そしてソフィアはその台湾の唯一の旧帝国大学である台北帝国大学、現国立台湾大学の学生であるのも興味深い)し、恐らくソフィアもそれを知っているはずだった。英語の専門用語に関してはそれほど自信がないと言っていたソフィアなので、おそらく別の意味で用いた可能性がある。そしてもう一つの可能性として本当に植民地と思っている可能性もあるが、僕は決して歴史認識の不一致による争いをしたいわけではなく、ソフィアという一人の女性と対等に話をしたかったので、その問題には決して突っ込まなかったし、僕が台湾に敬意を払っていることが明確に伝わるような配慮のある表現をもっと選ぶことにした。
アメリカにとって日本は脅威だった。日本の軍隊は手強かった。そしてGHQは日本の文化について徹底的に調べ上げ、日本を弱体化させるためには日本から神道を消すしかないと考えた。なぜなら神道では人間は神と対等で、天皇を中心として日本人が神の子であるという意識がみんなにあったから。その意識を奪い取るために、教育から神道に関するすべての情報が消されてしまったんだ」
ソフィアはずっと僕の目を見て、話を真剣に聞いてくれていた。僕は自分の英語がただいしいかわかなくて、途中何度かソフィアに「Does it make sense?」と確認しながら話した。その度にソフィアは「大丈夫。わかるよ」って返してくれた。僕にとってそれは夢のような時間だった。
「だから僕にとって、君のようにこういう話ができる人は本当に貴重で、他の日本人や台湾人にはいなかったんだよ。君の名前もとても素敵だった。だから君と話したかった。」
僕はドイツにきて、ここまでの話をじっくりできるなんて思ってもいなかった。こんなに話ができたのが、僕が話している途中でソフィアはよく興味を持って僕に質問をしてくれたからだ。そして僕は改めてソフィアにきく。
「君は、自分が台湾人であることを誇りに思っているように見える。だからそんな君を尊敬してる」
「ありがとう。もちろん私は自分が台湾人であることが誇り。日本は違うの?」
「そんな若者はどんどん減ってるんだ。神道が教育から消されたことでね。アイデンティティの確立すらできず多くの若者が苦しんでいる。」
「驚きだわ、信じられない。台湾では自国の誇りや歴史を知らないなんて考えられないもの」
「でもこんなに私の名前を褒められたの初めて。嬉しい」ニコニコと可愛らしい笑顔でソフィアは僕に笑いかけてくれる。僕たちが会話に夢中になっている間に、どんどん周りの学生はフライトに向けて帰っていく。どんどん部屋から人が消えていく。急に僕は夢のような時間から現実に戻される。今までのこの天国のような時間から僕はまた日本という地獄に帰らなければならないのだ。多くの魂の仲間に出会えたにも関わらず、僕はまた一人孤独な世界に戻らなければならないのだ。
涙もろくなる。みんな一人一人去っていく。この中にはこれからも再開する人もいれば今生の別れになる人もいるのだろう。年をとるたびに涙もろくなっていく気がする。こんなに人種や国を超えて濃い時間を過ごした仲間が、あっさりと去っていく。まるで人間は孤独な生き物であると教えられるかのように。そういえば僕は一人だったのだと現実を押し付けられるように。それほどまでに、ここで関わった彼らとの時間は夢のような時間だったのだと、別れのタイミングになって改めて思い知らされる。
ジュリアとパウラに別れのハグを手を広げ促される。ソフィアの手前、ここはグッと押し殺してハグを我慢した。ジュリアはすごく悲しそうな顔をする。僕だってジュリアを抱きしめたかった。一体どれだけジュリアが僕のことを気にかけてくれていたのかなんて疑う余地もない。だけど、日本人の誇りをここでは貫く必要があった。だから代わりに握手をした。日本人には別れのハグをする習慣はない。そこは日本人を貫いた。ジュリアもパウラも美人だから、ハグなんかしてしまってはもう男として我慢が効かなくなるし、交友としてのハグなんてものはどう考えでも自分には一生馴染まないであろうからだ。同性ならまだしも特に異性とは。逆にソフィアは二人に飛びついて抱きつく。同性同士だし、無邪気で嬉しそうなソフィアを見ると、僕まで嬉しくなった。ちなみにパウラはニヤニヤしながら僕にハグを求めてくる。さっきのテーブルではパウラに「日本人は付き合ってもない異性にハグなんてしないんだよ」というと、「ヨーロッパの人はハグが大好きなのよ」と嘘か本当かわからないことをすり込ませてくるパウラ。
だから僕はパウラに「このイジワル」と少し冗談混じりにパウラに言いたかったのだが、「You tease me(からかう)」と言わないといけないところを「You cheat me(騙した、浮気した)」と間違えて意味を覚えていて言ってしまった。あの時少しパウラが真顔になったのが、僕の痛恨かつ渾身のミスであった。
けどソフィアの前では誠意を見せた。あとは食事に誘うだけだと、ソフィアがフリーになるのを待つことにした。ソフィアはMayaやガブリエラなど、他の人たちとまた話し始めたので僕は一旦ソフィアの元から離れた。
そして一人、また一人と帰っていく。僕はみんなに別れの挨拶をする。
そして最後にマヤとソフィア、僕と日本人の女の子だけが残る。
日本人の女の子は、一度ハルクや僕と食事して以来、僕のことをなぜか避けていた女の子だった。あんまり話しかけるのも申し訳ないかなと思い、僕の方から声はかけなかった。
けれど、その子が最後僕のところまでやってきて、日本語で話しかけてきたのだ。
「まさやさん、さようなら、またどこかで」
僕は驚いた。彼女にこんな律儀な面があったのか。意外すぎた。彼女ももしかしたら日本の病んだ社会で失った心をこの街の中で取り戻したのであろうか。
そしてマヤとソフィアは何やら話し込んでいる。二人の英語力は高すぎて僕の入る余地はない。ドイツ人のマヤが喋れるのはわかるが、台湾人のソフィアがこんなにバリバリ喋れるのが本当に不思議で仕方ない。大学教育とは別でバイリンガル教育でも受けてたのだろうか。そしてマヤが帰り、僕たちはこの広い空間の中に二人きりになる。
そして僕たちはまたさっきのソファに二人で座る。
なぜか僕はアニメAngel Beats!の最終話で、主人公とヒロイン以外のみんなが消えて、最後に二人だけ残るあのシーンを思い出していた。
そう、僕にとってこのハイデルベルクの1ヶ月はまるで死後の世界の天国のようであり、この場所からそれぞれ自分の国に帰っていく他の学生たちは皆、天国からまた転生して次の魂として生まれ変わりに地上へ向かう魂のように見えたのだ。そして皆、地上へ向かい、僕たち二人になった。
またソフィアと二人で話をする。もう何を喋ったか覚えていない。少し話をしたところで、僕はソフィアに提案する。
「ソフィア、今日はもう時間ないかな?一緒に歩いたりご飯食べたりしたい」
「本当?でも今日寮に友達が来るの。それに冷蔵庫の食べ物を消化しないといけなくて。私は明日の朝7時がフライトだから時間がないの」
あっさり断られる。でも意外と辛くなかった。彼女の言葉からは誠意を感じる。それに、物理的にスケジュールが埋まっていれば無理にそれを邪魔する道理は僕にはない。実はソフィアは友達に連絡してスケジュールをずらしてまで僕との時間を作ろうとしてくれた。それは流石に申し訳なかった。最終日はバタバタするものだから、静かに過ごすのは厳しい。
「ソフィア、気持ちが嬉しいありがとう。こんなに話ができる人がいて僕は本当に嬉しかったんだ」
「私しか日本のことわかってあげれる人いないんだもんね」とソフィアはまた勝気な表情を浮かべて楽しそうにいう。けど本当にこのソフィアの強くて明るい性格が好きだ。本当に、この人も太陽のような人だった。
「メッセージは送り合おう。私は1年に1回は必ず日本に行くからその時会えるよ」
「じゃあ僕も台湾に行くから、その時は連絡する。」
「もちろん。台湾にも神社があるから案内してあげる」
そう言ったと僕たち二人でこの広い部屋を後にした。そして部屋を出ると、違う場所に友達が待ってるからと、ソフィアはバイバイと僕に手を振ってくれる。
僕もソフィアに手を振りかえす。ありがとうソフィア、僕と出会ってくれて。
またいつか会えるだろう。そんな期待を込めながら、僕は一人店を後にする。
 
帰り道、一人で帰っていると、何だか泣きそうになる。ファイナルファンタジーVIIのスピンオフ、自由の代償という曲である。主人公ザックスが、本編の主人公クラウドに夢を託して散る儚さと美しさを感じさせる名曲であるが、そういう意味でこれは別れの曲である。僕でいうなら、これから帰国する僕が、この1ヶ月ドイツにいた僕に別れを告げるような。そんな感じがする。そして同時に、自分の国に帰っていく仲間たちにおくる別れの曲でもある。本当に年を食うたびに涙もろくなっていけない。
寮に帰るとハルクから連絡が来る。最後に一緒にぶらぶらを街を歩きたいそうだ。もちろんと快諾する。
家に帰ったらすぐに寮の掃除を始めた。もう明日の朝には出ないといけない。持ち物はそんなになかったので全部入り切ると思ったが、パスタソースの瓶だけはどこにも捨て場所がなく、困った。仕方ないので瓶は持ち帰り日本に持ち帰ることにする。
そして床の掃除機をかける必要がある。掃除機はTillが残してくれたものがあるが、それは今はベトナム人のドーの部屋となっている場所にある。ドーは仕事で部屋を不在にしていた。しかし掃除機を今かけないと間に合わない。ドーに一本連絡をしようとも考えたが、あまり連絡をとりたくなかった。彼はキッチンのシンクにしばらく食べた後のものや調理したフライパンや鍋を片付けずに放置するやつで、僕のレタスも勝手に食べたりと中々馬の合わないやつだった。最初に頃はそいつの食器も一緒に洗ってやっていたが、礼も言ってこないので完全に好きになれなかった。そこで勝手に入るのは憚られたが、扉の鍵がかかっていなかったので、掃除機だけ借りてバレないように勝手に戻してもおこうと思ったのだ。そして部屋に侵入し掃除機だけ取り出し部屋にかける。しかしこれが困ったことに、音が出るだけで全く吸引をしない。この掃除機は壊れていたのだ。仕方なく部屋にその掃除機を戻すが最初のレイアウトを思い出せない。とりあえず元に戻す。自分がやった行為に対してあまりいい気分ではなかった。やはり人の部屋に入るのはよくない。きっと掃除機の置き方も微妙に変わっていて、本人も気づくだろう。まだ謝るかどうするかは迷っていた。
 
そしてHalukと最後に会いにいく。買い物をしてパスタを食べる。
ハルクはこの日とても機嫌がよく、饒舌だった。買い物してもスーパーの前で饒舌に商品の説明をしてくれたり、ドイツで人気のお菓子について教えてくれる。日本ではドイツのお菓子はそんなに有名でないから、ハルクのアシストは助かった。ハルクには本当に救われてきた。もうハルクに会うのもこれで最後だと思うと涙が出そうになる。
「ハルク、イスタンブールにいったら僕のこと案内してよ」
「当たり前に決まっている。車で運転してあげるからどこでも行こう」
僕は本当に良き友に巡り逢えた。ハルクとともに英語を練習できたことも、いつも昼食をとっていたことも。多くの日本人が信頼できなくなっていた僕にとって、人間不信を和らげてくれら唯一無二の友。
ハルクはいつも礼儀正しい人間だった。列にちゃんと並び順番を守り、秩序を守り、争いを起こさないが、愛する者のためには真剣に戦う覚悟のある人間。ハルクの父は軍人だったそうだ。ハルクは誇り高きオスマンの戦士としての誇りを受け継いでいたのだ。だからこんなにも、ハルクとは馬があったのだと思う。ハルクにはイレニアとの一部始終を話した。静かにハルクは僕に親指を立てるだけだった。この寡黙なハルクの男気あふれるジェスチャーに僕は安心する。ハルクは、言葉は不完全であることを教えてくれた。言葉は不完全だからこそ行為で示すべきだという態度を彼は教えてくれたのである。
別れ際に日本人のハルキに出会った。3人で英語で話をする。ハルキはこれからパリに向かうそうだ。僕はひと足さきに寮に帰ることにする。ハルキとハルクを残し、握手をして僕は自分の道に戻った。
家に着くと、ドーがいたので挨拶をする。すると、少しドーの元気がなかった。それを見た時、きっとドーは誰かが部屋に入ったことに気づいていたのかもしれないと思った。最後の日だから、ドーと話をしてみることにする。そこでもし、ドーが部屋に勝手に入った話を出してきたら謝ろうと思った。
「ドー、少し話がしたい。いいかな」
ドーはいいよという。
ドーはベトナム人だがドイツ語を話せた。そしてそもそも何の仕事をしているのかもわからない。話を聞くと、車の整備士の研修生として働いているらしく、ドイツ語も語学学校に通って習得したらしい。ドーは一度僕にドイツ語を教えてくれたこともある。そうやってドーの真面目な部分と人間的な部分を知った時、僕は、ドーの部屋に勝手に入ったことに対する罪悪感が大きくなってきた。もう少し話をしようとすると、ドーに電話がかかってきた。だから「気にしないで出て」と僕はドーに伝えドーは部屋に戻った。謝れなかったことが、ものすごくモヤモヤする。
そしてそのモヤモヤを抱えたまま、僕は眠りについた。
8/28(木)
朝目が覚める。いよいよ出発だ。まずは荷物をスーツケースに入れる。そんなに量もなかったので、全部入り切りそうだった。けどジャガイモが大量に残っていて、消化し切らないと芽だらけになってしまうから、ジャガイモは炒めてジップロックに入れて持っていくことにした。朝から調理を始める。
もうドーはいなかった。仕事に向かっていたのだろう。
机の上には1.7€のコインが置かれていた。Tillはドーに規約違反を犯して部屋を貸しているので、正式な住民ではないドーは自分のスクールIDカードを持っておらず寮の中にあるランドリーを使えない。ランドリーにはIDカードの差し込みが必要だからだ。洗濯は1回1.7ユーロで、お金をカードの中にチャージして使う。
彼が洗濯をしたいと言ってきたら、僕はIDカードを彼に貸して、僕のIDカードの残高を消費し、その分を現金で渡してもらうようにしていた。
Tillに対しては勝手なことをしてくれたなって感じだが、それ以外の点ではTillは礼儀正しかったし、いつも僕のことを気にかけてくれていた。だから彼に協力する形でドーにカードを貸していた。そして昨日、僕はドーにカードを貸した。先にカードを返してきたが、金は後で払うと言われていた。これは帰ってこないやつだと思っていたが、ドーはしっかりと机にコインを置き、去っていたのだ。
僕はこの時、ドーの人間性を尊重する気持ちが芽生えていた。だからこそ同時に、部屋に勝手に入ったことを誠心誠意謝罪しないといけないと思った。
もしかしたら気が狂ったようにブチギレてくるかもしれないが、それでも僕は言わないということがとてもモヤモヤした。すぐに家を出て空港に向かわないといけなかったので、空港に着いたらチャットで謝罪することにした。
まずは全ての荷物をスーツケースに収納し部屋を空っぽにする。手を合わせて感謝し、部屋を後にする。部屋の鍵は駅でスタッフが待っているからそこに返してとのことだった。僕はハイデルベルク駅へと向かう。スーツケースを転がしネッカー川を歩く。これが僕にとって最後のネッカー川。やっぱりいつ見ても美しい。この日は少し雨だった。まるで雨が僕の旅路を祝福するかのような優しい雨
ハイデルベルク駅からドイッチュバンでフランクフルト国際空港へ向かう。僕の便は第2ターミナルだが、第二ターミナルの場所はシャトルバスでないといけないそうである。仕方ないのでシャトルの待ち合わせ場所で待っていると、老夫婦に声をかけられる。
「This Bus...to the Airport?」
おそらく英語ネイティブでもなければドイツ人でもない。モンゴルっぽくも見える。
そこで僕は「Yes, This line is accessible to the Airport」と伝える。
すると老婆の方が僕に声をかける「イングリシュ?」何か戸惑っているような感じだった。
「Yes, This is English. Sorry, I can speak only English or Japanese」
とだけ話す。彼らの母国語はなんなのだろうか。不思議だった、僕は何度か「エアポート、エアポート」と伝え、ここが空港行きであることを強調したが、老夫婦たちは何も言わず去っていった。やはり英語だけでなく、多言語習得した方がこんな時ももっと多くの人の役に立つよななんて考えさせられたりもする。
そして空港についた。まずはドーに丁寧に謝罪文を書く。掃除機を取り出すために勝手に部屋に入ったこと、許可なく立ち入って申し訳ないこと、他の荷物には一切触れていないこと。
本当に僕はずっとこのことが引っ掛かっていて、黙ったままでいるのはモヤモヤして苦しかった。そしてこのモヤモヤはまるで日本のご先祖様からお叱りを受けているような気にもなった。
「許可なく人様のところに入るな」
そんなのは日本の常識であり、そして他の多くの先進国でも当たり前である。なぜドーの時だけ僕は入ってもいいと判断したのだろう。たとえ相手が無礼だとしても、僕の方が日本人の誇りを汚してまでそのようなことをするのは違うではないかと、27歳になって痛感する。まだまだ人生は学ぶことだらけだ。ハイデルベルクの街はそんなことまで最後に僕に教えてくれる。もしルームメイトが常識人で、掃除機が共用部分に置かれていたら僕はこのモヤモヤを知ることはなかった。僕の人間的に未熟な部分を知ることはなかった。だからきっとこれも、僕自身の未熟さを知るための試練だったのだろうと思う。
ドーにメッセージを送る。まだ既読はつかない。空港の中にマクドナルドが見える。マックフルーリーのイタリアフレーバーというのが出ていて、イタリアの国旗が出ている。イタリアの国旗をみるとイレニアを思い出してしまう。今頃イレニアは無事に帰れただろうか。ドイツからイタリアまでは1時間ちょっとらしい。日本までの16時間とは驚くほどの短さだ。
荷物検査をする。ベトナムの時とは違い、ドイツ人の仕事意識は素晴らしく、ホスピタリティも完璧だった。勤勉で真面目なのが伝わってくる。全てのドイツ人に敬意を払う。
僕はこの街で目撃した様々な現象と出会い、そして自分自身の内省を得て、ついに帰国する。この街の全てに感謝し、僕は飛行機に乗った。
僕は窓側の席で、隣が若いドイツ人夫婦、そして後ろが母親と小さい息子の日本人親子だった。若いドイツ人夫婦はすごく親切で、CAさんが機内食にスプーンをつけ忘れた時もすぐに気づいてCAさんを呼んでくれたりもした。僕はすかさず「Danke」と何度もお礼を言った。それに対して後ろの日本人の母親は足を僕の座席の右側の肘置きに向かって伸ばしていて、足が僕の肘に何度か当たった。しかし母親はそれをやめずずっと足を伸ばしっぱなしにする。こんなのがいるのかと正直驚いた。国内線や格安航空ですらこんなのに遭遇したことはないがまさかドイツから帰る途中の飛行機にこんなのがいて、腹が立った。こいつは日本人としての誇りなんてない。もしこれが僕ではなく、他の外国人が乗っていてもこれをしただろう。すると、こいつは自分の国の印象を悪くするというような想像力は微塵もないだろう。誇りを知らぬものは平気でこんなことをする。僕はこの旅の中で、日本人のイメージが良かったのは日本の先人たちが外国で礼儀正しくしてくれていたからだと僕はそれを実感する。しかし、この母親のやっていることはそれを損なう行為だ。この親子は何度も言い合いもしていた。同じ日本人として恥ずかしいと思った。
飛行機の中では、ハリーポッターを見ていた。僕の原点。これと日本のアニメ映画の「デッドデッドデーモンズデデデデストラクション」というものを見る。人によって好みの別れそうな作品であった。映画に集中していると、すぐにベトナムに到着した。時間を気にしていなかったが実は1時間以上のフライトの遅れがあったようである。着いた瞬間、前の席の人たちが拍手をしていた。
 
8/29(金)
ベトナムから日本行きの飛行機に乗る。ベトナム人の仕事はやっぱり時間にいい加減で搭乗時間は40分ぐらい遅れていた気がする。それでももちろん何のアナウンスもなく、当たり前のように搭乗時刻はすぎる。もう慣れてしまった。郷に行っては郷に従えの精神である。そして飛行機に乗る。僕は通路側で、僕の隣は日本人女性とその幼き子供であった。通路側にいるということは、窓側の人がトイレに席を立つたびにこちらが動かないといけないが、その母親が席に戻る時、何も言わずただ座っている僕の隣に黙ってたって、僕が動くのを待っている時がある。その度にいちいちイラついてしまう。すみませんとか一言言うだけなのにこっちの察する能力に頼りすぎている。実はこういう細かいコミュニケーションができる人をハイデルベルクでは本当によく目撃したから、いざ日本に戻るとそう言うのができない人が多くて辟易とする。礼儀の国と言われる日本人の誇りを誰一人持っていないし、そんなのが平気で海外に出てくる。こんなもの、日本の恥ではないか。そして彼らを見て改めて思う。僕はどんなにルームメイトのドーにイラついても、彼に礼儀を尽くすべきだった。勝手に部屋に入るべきではなかった。日本人同士ならそんなこと絶対にしないし、他の人種でもトラブルを避けるために絶対にしないだろう。彼がこちらに配慮をしないというだけで、僕は日本人の誇りを欠いた行動をした。多いに反省した。ハイデルベルクの街は、最後の最後まで僕に課題を与えてきたのだ。こんなに自分の行為に対して自責の念に駆られ、気分の悪い思いをしたのは久方ぶりだった。
そして15時になり、いよいよ帰ってきた。羽田空港に着いた。空港で日本語が通じることのありがたさを知る。同時に、今までの天国のような気候ではなく、日本の重く厚くのしかかる空気を感じる。体が重い。そしてハイデルベルクではイライラするという感情を全く経験しなかったが、ここにきて無性にイライラしてくる。日本の空気があまり洗練されていないと感じたからだろうか。
そして最後、僕は理科大の永田先生に久しぶりに会いに行くことにした。前日にメールして、来て大丈夫とのことだったので向かう。ドイツの土産を持って、飯田橋のキャンパスへと向かう。しかしこれが困ったことに、いきなり電車が五反田で止まる。窓に謎の液体が付いていて、点検のために大きく新宿方面が遅れるとのことだった。殺意が湧いた。僕は早速天国から地獄につき落とされたのだ。公共の場所で、謎の液体を窓につけ、大きく交通を狂わせる人間がこの国にいること。そして止まっている間に人は満員になり息をするのも苦しくなる。大きなスーツケースを持っていた僕はこれ以上その場にいるのが苦しかったので、そこを出た。電車は一向動かない。仕方ないので一旦渋谷まで歩くことにした。改札を出ると、そこは嫌な空気が漂っていた。この空虚な場所はなんだ?街を歩いていると、電話をしているバカみたいな格好をした女が歩いている。会話の内容が聞こえてくる。人を馬鹿にしたような高圧的な口調で、人の不幸を食って金を稼ぐような話をしている。耳に入ってくるだけで気分が悪い。
さらに先に進んでいくと、大学生ぐらいの若者たちがサークルか何かの同じシャツを着て、くだらない話をしている。日常の愚痴、恋愛の話。話の中に、他者へのリスペクトを感じない。そして数えきれないくらい見かける、日本人の誇りを失って露出の高い韓国の服を着て歩く若いバカな女たち。知性を全く感じさせず、他者を威圧するような見た目で、まるで自分の街のようにでかい顔をして歩くバカな男たち。
この街は一体なんだ?僕は一体、どこにいるんだ?精神性なんて言葉は遥か昔に忘れ去られたのだ。頭が痛い、呼吸が苦しい。そしてなんとか渋谷まで辿り着く。そこから電車で飯田橋に向かう。飯田橋まで着いて神楽坂に降り立った時、幾らかの安心感を初めて覚えた。皇居の外堀が近いこともあって、まだこのあたりの場所は、僕が歩いてきた五反田や恵比寿に比べれば幾分かマシであった。
そして懐かしい道を歩き、永田研究室へ。ここにくるのは今年の3/31以来だ。仙台に旅立ってから、一度も来ていなかった。
6号館の3階にいく。あまり懐かしい気がしない。むしろまるで昨日もここにいたような、そんな感覚。ここは永田先生がいる限り、僕にとっての家であるままなのだろう。
研究室は明かりが付いていた。
インターホンを鳴らすと永田先生が出てくる。
「先生、お久しぶりです。」
「これはこれはお疲れ様です。どうぞ中へ」と永田先生は僕を中に案内してくれる。
研究室のソファに座る。初めて東京に戻って安堵感を覚える。
「どうでしたか、ドイツは」先生は僕に言う。
「ドイツは天国でした。そして日本に戻ってきて、空気の重さに驚きました。」
「そうでしたか、ちなみに中山さんの同期のTさんは今スイスのジュネーブにいますよ」
「え、なんですって」僕は衝撃を隠せなかった。同期のT君は最も研究に集中していて成果を出し、そしてとても勤勉でありながら優秀だった。彼とはねちっこい関係ではなかったが、密かに僕のライバルのような存在でもあった。自分の知らないところで時間が進んでいることを知る。そして彼はいつも僕の先をいく。
「Tさんは12月までいる予定です。彼も今頃、ヨーロッパで頑張っていることでしょう」
僕がドイツで恋愛活劇を繰り広げている間に、T君はスイスのジュネーブにあるCERNでparticle physicsに取り組み、まだまだ修行を積むそうである。
正直いって悔しかった。だからこそ、僕も負けてられないと思った。
「先生、僕はイスラエルを目指したいと思っています」
僕は先生にその心境を打ち明ける。あれほどイレニアに行くなと言われたイスラエル。でも僕は、そこに世界を変える鍵があると思っている。だから目指すという誓いを立てる。
「どうしてイスラエルに」先生はポーカーフェイスのまま表情を全く変えずに僕に問う。
旧約聖書出エジプト以降、ユダヤの民は国を持たず世界中に散りました。しかし数千年後、イスラエルを建国し復活したのです。その間、ずっと自分たちの文化を壊さないように守り続けることで」
「なるほど」そこで初めて先生は興味を持った雰囲気を出す。僕が前より強くイスラエルを目指したのは、かつてのユダヤ人のように、日本と言う国がもし亡くなっても、日本語と日本の魂を持つものが世界中に散り、自分たちの文化を保存すればイスラエルのようにいつか復活できると僕は考えたからだ。そしてそれを強く確信したのは、イレニアやソフィアとの出会いだった。彼女たちは自分が生まれた国の文化に誇りを抱いていながら、日本の魂を持っていた。これこそが本当の多文化共生だと理解した。もし世界中に散った日本人が、行った先々の文化を吸収し、そして日本語と大和魂を共通点としてまた一つの場所に集まった時、それぞれの場所で得た文化や誇りも統合して、新たな国家を創生できる。そしてそれはいつになるかわからない。100年先か1000年先か1万年先かわからない。けれど僕ができることは、その道を作ること。そしてその道の先に、まだこの国に僅かに残る日本の魂をもった人間たちをその未来へと送り届けること。それこそが僕の使命だと確信したからだ。
その後僕は先生と1時間以上話をした。研究のこと、未来のこと。そしてこれが、僕にとっての本当の、ドイツの旅の修了証書であった。まるでヴィルヘルムマイスターの修行時代で修行を終えたヴィルヘルムが神父から話を聞かされる時のように。永田先生は僕にとっての神父であったのだ。
ヴィルヘルムが最後に神父にもらう修了証書の中にこう書いてある。
「真の修行者は、既知のものから未知のものを展開することを学び、かくて、師に近づく」
僕にとってのハイデルベルクの1ヶ月は修行者としての精神修練だった。そしてその街の中で僕は永田先生より終了の言葉をもらう。
「今回得たことを元に、中山さんが修論で学術論文を形にすることを楽しみにしています」これはプレッシャーではなく、先生なりのエールだと僕はすぐにわかった。
「はい、先生。また参ります」そう言い僕は研究室を後にした。
これで全ての旅路が完了した。僕はただ世界に対して挑戦をし続けることを誓う。僕は次のステージへと進むことになる。
一人、静かになったキャンパスを歩いて通り抜け、駅へと向かう。もう時刻は21時を過ぎていた。不思議なことに、湿度が高く夜でも蒸し暑い東京の空気は、少し涼しく感じた。

滞独日記Lektion5:遠回りこそが最短の近道(2025/8/17-8/27)

8/17(日)
何もする気が起きない。家で寝る。YOUtubeを見て過ごす。多国語を話せる日本人がパリの街中で相手の母国語を当てるインタビューをしたり、オンライン通話で初対面の海外の美女の出身を知ると、いきなりその出身地の言語を喋って驚かせるドッキリだ。自分もこんなふうに多言語を話せれば、5ヶ国語を操るイレニアとも対等に渡り合えたのだろうかと、全てがイレニアに結びつく。イレニアとの邂逅が頭から離れない。けど同時に自分の中で、過去の恋愛の失敗から得たものが自分の中でも生きている。僕が人を本気で好きになると、あまりの熱に呼吸が苦しくなり、血圧が上がり、心拍数が上がり、その状態がずっと続いてしまって本当に物理的に身体が苦しくなる。僕はもう完全にイレニアに惚れ込んでしまっていた。しかしだからこそ、そんな時どう対処すればいいか僕は理解している。それは自分自身に帰るということ。イレニアに僕が惚れたのは、イレニアを鏡にして自分の気づいていない一面に気づいたからだ。つまり、イレニアに惚れた要素は元々自分の中にあったものであり、僕の覚醒とは、それを人生を通して取り戻すということ。つまり神話や文学に精通し、多言語コミュニケーションを覚えることが、この地で見つけた僕の課題となる。何故なら、すでにそれを持っていた彼女の深い知性と異文化への理解力に、僕は惚れ込んでしまったのだから。そう頭ではわかっていても、イレニアへの熱は止められない。けど僕はこの熱が数日で引くことを理解している。これまで何度も本気で人を好きになってきたからこそわかる、僕自身の特性。自分との向き合い方を僕はすでに時の中で身につけていたのだ。今日は寝よう。きっと夢が、次のヒントを教えてくれる。
 
8/18(月)
今日は授業終わり、先生のウクライナ人バレリアとドイツ人ジュリアが僕たちのクラス全員でアイスクリームを食べに行くことを提案してくれた。二人とも美人である。僕は一人遅れて待ち合わせの時間に着いたが、ハルクがこっちに手を振ってくれてすぐにわかった。いい男だ。アイスクリームはバレリアとジュリアが奢ってくれた。僕がアイスを食べようと、空いている席に座る。そこにハルクもやってきた。ハルクは僕の目の前に座った。そして僕の空いていた隣に、僕のクラスのTAであるパウラが声をかけてくる。「ここ座っていい?」
オフコース」僕は答える。
パウラは僕がここにきた初日から、誰にでも笑顔で優しく接していたドイツ人のハイデルベルク大学の学生だ。パウラはドイツ人の誇りを持っているし、英語の発音もとても明瞭で教科書のような美しい英語をペラペラ話す。他の人の英語よりも、パウラの英語はとても綺麗に聞き取ることができた。パウラは僕が先生のバレリアと衝突することがあっても、いつも味方でいてくれた存在だった。
パウラも美人だが全く化粧気がなく、普段からノーメイクである。ドイツ人の女性を見て思うのが、彼らは普段ラフな格好をしていてサンダルに短パン、Tシャツの人も多い。メイクは大事な時しかしないらしい。むしろそれこそ僕は健全であると思った。日本の社会が少し歪んでいるのを感じる。女性がメイクするのを強制させられ、女性は常に人目に晒されることを気にしなくてはいけない。オフィスカジュアルでも薄いメイクを強制させられるのが違和感である。なんだか社会が女性にメイクを求めるというのはなんだか性的搾取を連想させるのだがそれは僕が歪んでいるのだろうか。小さい頃からなぜ女性だけがメイクをさせられているのか不思議で仕方なかった。しかしこの国にきてそれは日本だけの異常性癖のようなものだったのだと気づく。もちろん、韓国は日本以上に常軌を逸して整形文化なんてものも流行しているようだが、何故日本は韓国の美容技術なんて取り込んで、ドイツの自由な文化を取り入れなかったのであろうか。
パウラとはTAと学生としての会話しかしてこなかったので、もっと深い話をしてみたかった。パウラの専攻を聞くと、地理を専攻しているらしい。しかも同じM1とのことだった。パウラは数え切れない国を訪れ、ヨーロッパアジア、アフリカと多くの地域をカバーしたようだが、日本はまだ訪れていないようだった。日本の文化に興味を持ってくれていたので、少し日本の話をした。地元の徳島について少し語る。そうしていると、解散時間になり、みんな大学の前に移動し始める。
みんなで輪の形になり、ドイツ語の練習をする。ドイツ語で自己紹介をする練習だ。
そしてみんなが解散した後、パウラはTAなのでその場に残っていた。またパウラに話しかける。パウラはいつでもウェルカムといった感じで、ノリノリで楽しそうに会話してくれる。パウラの絡みやすさは彼女天性のもので、彼女は誰に対してもウェルカムという感じで、美しい英語でいろんな留学生と交流をする。本当に異文化交流を楽しんでいるようだったのだ。そんな彼女ならきっと、ドイツのことにも詳しいと思って、彼女にはドイツのことについて聞いた。するととても楽しそうにドイツのことについて語ってくれる。ドイツの政治、文化、ベルリンとハイデルベルクの違い、そして第二次世界大戦に敗戦したのちに、この国が必死で生産性を上げてのし上がってきたことを誇らしく語る。これこそが、これこそがあるべき大学生の姿、若きドイツ国民の姿だと、僕は彼女の敬意を表した。今、日本人が日本を忘れていることを嘆く僕が異常だと思われるこの世の中で、同じ敗戦国であるドイツはこのように自国の誇りを決して忘れていないのだ。今の日本の若者の中には終戦日を知らない人間もいれば、日本人の文化など語れる日本人は少ない。これでは日本の産業がどんどん衰退するのも無理はない。若者たちは自国の凄さを知らず、ただ目的意識もなく名の知れただけの会社に行きたがるのだから。そうやって話をしていると、もう一人のTAの女性がやってきた。この方も同じTAでパウラの仲間のようである。彼女の名前はマヤというそうだ。僕は改めて自己紹介する。彼女も誇り高きドイツ人であった。僕は帰ったほうがいいかなと思ってパウラにいうと、「もっと話そうよ」とマヤも交えて3人で話をする。
ドイツ人は議論好きと、朝永振一郎先生の本に書いてあった。あれから90年近く経つが、どうやらあの時朝永先生が見たドイツは今もここに残っているようであった。
そこで僕は彼らに日本のルーツの神道の話をすることにした。
「Shintoを知ってる?」そういうと彼女たちは知らないという。
彼女たちが興味を持てるように、キリスト教、そして旧約聖書と関連付けて話をした。
「世界の多くの宗教は一神教であるのに対し、神道多神教であり、日本人は古来より全てのものに神が宿ると考えた。一神教では神が人間の上に立つが、神道では人間も神も対等で、人間は神の子であると考える」と話を始めると、彼女たちが興味を持ってさらに語りかけてくるのがわかった。
「これはどちらかというとドイツにキリスト教が来る前のケルト信仰やゲルマン信仰に通づるものがある」僕はハイデルベルクの街から感じる神聖にずっと違和感があった。これはキリスト的なものではないと。これはそれより遥か昔からこの街に残っているものであると。
神道こそが日本の中心だった。だから第二次世界大戦では、日本はどの国よりも手強かった。自分たちが神の子であるという誇りがあったから。そして国のために死を選ぶことができた。誰よりも日本の国民であることを誇れたから。しかしGHQによってその誇りは奪われた。神道と日本の魂が引き剥がされた。GHQ神道に関する本のほとんどを禁書指定し焼き払った。日本はどんどん衰退している。だから君たちのように自分の国に誇りを持てているこの状況こそが、ドイツが強い理由であると思う」
それに対してマヤが返す。
「実際のところ、若い世代では選挙に行かない人、自国に興味がない人が増えているのは事実としてある」
ドイツでもそうなのかと僕はそこで驚く。しかし、僕にそれを話してくるマヤはまだたったの18歳なのだ。
そこからドイツの現状についてマヤが語り始める。申し訳ないことに、僕の英語の聞き取り能力が弱いことで、何をいっているのわからなかった。またここで悔しくなる。あの時、イレニアと心の奥深くのところを共有できなかった悲しみが込み上げてくる。しかしまた、マヤも思慮深い人間であることがわかった。何度見ても18歳には見えない。20過ぎに見える。精神的にとても成熟しているのだ。
すごく貴重な時間だった。彼女たちとWhatsupを交換する。そしてその夜にお礼のチャットを送る。僕は基本的に、こういう深いやりとりをできた後、文章は長めにして送る。あまりこれが日本では受けないのだが、ドイツの彼女たちは、僕と同じ丁寧な文章量で返してくれた。しかも返事が爆速でびっくりした。僕はドイツの文化に魅力を感じているのだわかった。謎の駆け引き、他人との結びつきが壊れ、私利私欲のためだけに他人と関わることによって生まれた日本の歪んだライン文化に違和感を感じていた僕に、ただただこの国の文化は美しく刺さってしまった。僕はもうきっと、ここからドイツの虜になっていたのだろう。
 
8/19(火)
今日の授業ではハルクは不在だった。昨日までオフィスと揉めていたそうである。ルームメイトが酷いから部屋を変えてくれと交渉したがどうにもならなかったそうだ。今日は眠くて仕方なかったので、食事を終えたらすぐに家まで帰ってねた。今日はパウラと日本の話をする。徳島の鳴門の渦潮や阿波踊りの話をした。まさかドイツに来てまで地元の話ができると思わず、とても楽しかった。パウラは本当に何にでも興味を持ってくれて、いつもニコニコ話をしてくれる。聖母マリアというのは実は彼女のような人のことだったのかもしれない。
 
8/20(水)
今日はハルクと出会うが他に何も用がなかったので帰る。GeorgeはAnaと食事をするらしい。ついに食事が決まったようで何よりだ。ジョージの健闘を祈る。
 
8/21(木)
今日の授業終わり、ハルクは腹が減ってないので今日は真っすぐ帰るという。なら明日は一緒に食事をしようと伝え、今日のところは解散する。ジョージからメッセージが来たので、カフェテリアで待ち合わせて一緒に食事をする。ジョージは本当に面白くて、いつもポテトしか食べない。いつも注文メニューにはポテトだけのメニューなんてないのに、一体どうやって注文しているのか謎である。本当に典型的なアメリカ人のような食事をしているのに、本人はマイケルジョーダンのように筋肉質でありながらすらっとしていて、美しい体型である。ジョージは黒人で身長が190cm以上もある。僕と並ぶと、米兵と連れ去られる小柄な宇宙人にしか見えない。
小柄で甚兵衛をきた日本人と、黒人で長身のアメリカ人がドイツのカフェテリアで食事を共にしながら英語で互いに喋る。なんだか組み合わせが面白くて自分でも楽しくなってくる。それにジョージはいいやつだった。こんなに礼儀正しくて人想いなアメリカ人を僕は知らない。日本人でもここまでの人間に出会ったことがない。まずはジョージにイレニアとのことを喋り、その次にジョージはアナとのことについて語る。まるで放課後の男子高校生のような会話をする。なんだか27歳にして青春をしているような気分だ。思い返せば、僕に高校時代はなかった。16歳で社会に失望し、学校教育に失望し、他者を罵り合う腐った環境に辟易としていた環境に僕は激昂し、高校を中退し一人でずっと働きながら自分と向き合い、常に戦い続けていた。ある意味で僕の人生も戦いそのものであり、イレニアがこの世界が戦場であると捉えたことも納得できる。僕は僕の戦場を生きていた。だから、今目の前にあるこの青春に、とてつもない愛おしさを感じる。本当は自分が経験したかったのに、経験できなかったこと、心の奥底に閉じ込めていたもの。それを27歳になって、18歳の異国の少年と対等に語り合い、互いに好きな女の子の話で盛り上がっている。なんと輝かしい青春であろうか。僕が日本では到底得ることのなかったその青春の1ページが、こんな日本より遠く離れたドイツという国で見つかったのだ。これは生涯の記憶に残ることであろう。
そのあと日本のアニメが好きで、日本文化に興味のあるジョージに、言霊という考え方について教えた。すると、ジョージがそれを聞いて僕に返す。
「それ、聖書にもある!"Word has Power"だ!」
ジョージは目を見開いて興奮した状態でそう僕にいう。
僕はいつも言葉の可能性を信じている。だからこそ、言葉に生命を感じる。だから言葉にとても注意を払う。誰かを傷つけないように。
それをわかってくれる人が日本人ではなく、日本の外に住む外国人だった。日本語を喋れないジョージがこの考え方を聖書との類似から理解してくれている。これからの時代、日本人とは、日本人の遺伝子を持っているかどうかではなく、日本的文化を内側に内包しているかどうかで決まるのだと確信した。もし今後日本人の遺伝子が何かをきっかけに消え去ったとしても、日本文化を保持する人がいる限りこの国は消えない。僕はそう思った。いつでも復活することができると。14時になる。語り合っていたら時間が一瞬で過ぎた。その後ジョージからワンピースの和の国編についての文章が送られてきて、意味を知りたがっていたので英訳したものを送る。ジョージはドラゴンボール、ワンピース、Narutoジョジョと少年アニメが好きらしい。
 
8/22(金)
夢を見た。料理人のような夢だった。まるで社会主義のような体制の中で、トップへの不満を言うことが許されないような世界。僕がトップへの文句を言うと、人民解放軍さながらに一人の男が僕に近づいてきて、僕の首に腕を回し、「何か言っていたか?」と声をかけてくる。そして僕はそこで自分の誇りを叫ぶ。すると僕は寺院の中の部屋に連れて行かれる。僕は大声で宗教を批判する。その部屋を少し出ると、立派な作りの寺院だった。その寺院からまた部屋に戻る。外から見えないようにカーテンを閉めて、眠る。
出てきたのはビデオテープ。僕はそのビデオテープをどんどん巻き戻すイメージを得た。夢から覚めた僕はいつものように支度し、学校へ向かう。
今日の教室はいつもと違うかった。他のクラスの学生と合同で教室がパンパンだった。隣に座ったのはイタリア人のガブリエラという紳士的な男性だった。微かな香水の香りが心地よかった。勉強したばかりのイタリア語をぶつけた。A presto、Arrivedelchi、Grazieと。彼は正しい発音も教えてくれた。その次にカメラが好きなMassimoというアメリカ人とも話して仲良くなる。Leiaと話した時、彼女が実は優等生で歴史と生物学の両方を専攻していることを知る。アメリカ人の性質を理解した。遊ぶときと学ぶ時のメリハリが本当にしっかりしている。そしてもう一人、なぜか気になる一人の中国人か台湾人か見分けがつかないが、中国人に見える女性の存在を自分の対角線上の席に気づいた。この女性のこの自信に満ちた英語の喋り方、確か一回ゼミで見かけた気がする。その時から何か存在が気になっていたのだ。とにかく中国訛りじゃない綺麗なアクセントでとても流暢に、全く詰まることなく長いセンテンスを話す。彼女の英語には惚れ惚れした。アジア人でそんなに英語をうまく話せる人がいなかったからだ。なぜか彼女の知性にはすごく惹かれるものを感じた。話してみたかったけど席が遠過ぎた。授業中もよく彼女は質問するが、その質問もすごく素直な質問だし、質問するときに話す英語もいちいち美しかった。それから髪の毛もアジアの長く太い艶のある黒髪で額縁メガネをかけていたが顔立ちが整っていることが分かった。何度か彼女を見つめるが、2回だけ目が合った。この時から、相手も僕の存在を認識してくれていたのだと思う。
その後休憩時間に日本人の女の子と話した。この女の子は、さっきの時間のアクティビティで自己紹介してたまたま日本人と知ったのだ。一瞬韓国人かと思ったが確かによく見れば日本人顔だった。この合同クラスでは、僕とその子が唯一の日本人で、しかもたまたま位置的に座った場所が近かったので話しかけやすかった。その子は千葉の大学に通う地元が仙台の女の子だった。ドイツで初めてあう仙台を知る人間。最初は結構話が盛り上がったが、徐々に彼女の中にまだ日本人としての大和魂が育ってないことに気づき、どんどんつまらなくなっていった。国籍関係なく、何かに誇りのある人間というのは面白い。お互いに深いところを尊重できる。この女の子も今時のへそを出した下品な格好しているが、日本人としてのアイデンティティもなく、さらにもっと深く掘っていくと彼女から何か邪悪なものを感じた。しかし気のせいと思い、Halukとの食事に彼女を誘いみんなでランチを食べた。
その後、寮に帰ってイレニアにラインを送る。
「イレニア、君が帰るのはいつ?」
イレニアはその一言だけで全てを察したのか
「私は来週の木曜立つ」
「今週の土日は忙しいから来週のfarewell partyであおう」
と、僕の全てを察して返事をしてくれた。イレニアのあまりの男らしさ、かっこよさに男の僕が乙女のような気持ちになってしまう。イレニアはいつもかっこいいのだ。そしてラインのメッセージはいつも淡白で、会うとたくさん話してくれる。僕はもう、イレニアに全てを持っていかれてしまっていた。
夜はみんなでクラスメイトのレイアのパーティーに参加した。WIlleumと言う誇り高い名前を持ったユタ州出身の18歳の男の子がいた。彼は正直大人びてみえたし、少し若い頃のレオナルドデカプリオそっくりでとても顔立ちが整っていた。彼は法律を専攻しているそうだった。彼とは「正義とは何か」というテーマについて話し合った。しかし英語が半分くらい分からず想像力で文脈を補い会話する。彼もとても熱い男だった。
 
8/23(土)
ジョージと一日ショッピングモールへ。本屋にも行く。夜はヘブライ語を勉強した。
ドイツの中に日本のカードゲームを取り扱うカードゲームショップがあった。BANDAIのカードプロテクターが売っていた。これは日本から取り寄せた輸入品らしい。店主曰く、バンダイの工場はドイツにないから輸入するしかないそうなのである。
金にがめつい人間はこういうのをビジネスにして汚い商売を始めそうなものだ。ジョージはワンピースが好きらしく、熱く語ってくれる。どんどんジョージの魅力に気づいていく。
 
8/24(日)
ジョージと晩飯へ。日中はヘブライ語を勉強する。ジョージも僕も恋愛下手だから、今日はジョージと日本とアメリカの女の子の違いについて意見交換をした。ジョージ曰く、ブロンドヘアーの美しい女性ほどモテるから男に困らず、恋愛弱者の男性には厳しい存在になるそう。いわゆるアメリカのスクールカーストというやつだろう。それは日本でも変わらない。僕は「日本の可愛い女の子とは何か」というテーマで話を始める。
「ジョージ、日本の可愛い女の子ほとんどは日本人として誇りがないんだ。自分が何ものか知らなくても、周りがちやほやしてくれるから承認欲求が満たされる。だけどみんな、本当は孤独を抱えているんだ。日本の女の子で自己肯定感が高い子は少ない。アイデンティティと、その国の国民であることの誇りを知らず、どのようにして他者を愛せるというのか。みんな愛を求めてばかりだ。内側からの愛情というものに気づいていない。そのためには誇りが必要なのだ。自分が自分であることの。」それに対してジョージは
「僕の考えでは可愛い子は両親から愛されすぎてそれが当たり前になっているから、過剰な愛が女性をダメにしているのだと思う。愛されるのが当たり前な人が、何もないところから愛を作り出すってどうやってできるのだろう」と返す。
「確かにそれは一理あるかもね」
僕とジョージはいつもこんな調子で会話をする。ジョージは僕の意見を面白い考えだと言って受け入れてくれる。だから話をしていてとても心地がいい。
 
8/25(月)
今日は最終試験の日だった。試験が終わると、授業はなかったのでみんなで庭に行って合同でカードゲームなどのアクティビティをしようとなった。とりあえず僕とハルクは一番奥の席に座る。僕たちが一番早くついてしまったからだ。すると、隣にこの前仲良くなったMassimoが近づいてくる。
「ハロー!Masaya!」
Massimoは僕の名前をすぐに覚えてくれたし、気さくでとてもいいやつだった。彼はカリフォルニア出身でとても男性的で深みのある美しい英語を喋る。Massimoと僕とハルクのところに、金曜日気になっていた、中国人か台湾人か分からない女の子がやってくる。彼女はMassimoと仲がいいそうだ。あと二人集まって、そしてゲームが始まる。みんなでUNOをやった。とても楽しかった。その女の子は角テーブルで僕の真向かいに座っていたので今日は何度も目が合った。近くで見ると一層かわいらしい。
ゲームが終わったと、僕は彼女に話しかけた。
「May I have your name?」
この頃になると、ジョージやハルクたちと毎日英語で喋って鍛えていたから、初歩的なコミュニケーションは問題なくできるようになっていた。
「私はソフィア。あなたは?」
日本以外のアジア圏の学生はみんなイングリッシュネームというのを持ちがちで、それは英語の発音に自分の名前の発音がないから発音しやすいようにニックネームを作るというのだ。
「僕はマサヤ。日本人だよ。」というと
「日本!?私日本が好きで年に一回は必ず家族で行くの。どこに住んでるの?」
ソフィアは僕が日本人であるだけでとても興味を持ってくれて質問してくれる。
「今、仙台に住んでる。知ってる?」
「仙台!もちろん知ってる!」
少しの時間二人で少し話をして盛り上がった。その後別の友達が僕とハルクのところに来たので、彼らの方に行く。ソフィアはMassimoたちとどこかに行くらしい。
僕がその場を離れようとしたらソフィアが僕に話しかけてくる。
「もういっかい」
僕は驚く。今まで英語で会話していたのに、ソフィアは日本語で「もういっかい」と言った。
「なんで日本語知ってるの?」
「ううん、知ってる日本語これだけ。」とソフィアはいう。
「それはone moreって意味だよ!」と僕が言うと
「知ってる!」知っているのかと思いながら、そんな彼女を可愛らしく思う。
例え一言でも日本語を知ってくれていたら、日本人としてこんなに嬉しいものなのかと僕は学ぶ。
そして僕たちは、互いに友人たちのところへ向かった。不思議と気になる子だったから、少し話せてよかったと思う。その後ランチを食べに出かける。
今日は台湾人たちとランチを食べる。日本語が話せる中国人や、ドイツで研究留学に来ているエンジニア専攻の中国人もいて面白かった。その後夜に集まって語り合った。レリと言うドイツ人の女子大生がいて少し日本語を喋れる人だった。こんな風に多言語を喋れる人が日本語を喋ってくれると、日本語を選んでくれることが嬉しいことに気づく。昔、フィリピンで日本語喋れるよと言ってくるくせに一言も喋れないフィリピン人が空港でいて、とんでもなく腹が立ったことがある。逆に、フィリピンで僕が日本人とわかると、「すみません」と日本語を使ってきたフィリピン人の女性がいたこともある。あの時、異国で全く日本人を見かけない中聞く日本語はとても嬉しかったのを思い出した。こんな風に、自分の言語を喋れる人にであるのは、例えありがとうとか一言しか喋れなくてもそれを喋ってくれるのは嬉しい。
そのドイツ人とドイツの政党AfDについても語り合った。有意義な時間だった。話していると、イギリス人の細身で高身長のハンサムな人が入ってくる。こんなふうに、盛り上がっているところに自然に入ってくるのがヨーロッパの文化なのだろう。彼も思慮深くて面白い人間だった。
 
8/26(火)
今日の授業は、ほとんど人がいなかった。半分以上がもう先に帰国してしまっていたのだ。Leiaの連絡先は知っていたので、彼女にだけはメッセージを送る。人が全然集まらないので、別のクラスと合同で授業になった。僕のクラスの先生は、ウクライナ人のバレリアが午前の1コマ目を行い、2コマ目はドイツ人のジュリアが授業をしてくれる。そして、逆に1コマ目をジュリアが行い2コマ目をバレリアが行うクラスがある。そのクラスに僕たちは加わることになり、急遽教室を移動する。教室に入ってすぐいちばん初めにMassimoと ソフィアの座っている場所が目についた。そこで僕はすぐそこに移動する。「ここすわってもいいかな?」
「マサヤ!おいで!」と招いてくれるソフィア。ちょうどMassimoの隣の席が空いていたのでそこに座る。目の前にソフィアがいた。
ジュリアは授業を続ける。そこでしばらく授業が進行したと、授業中に、ソフィアが話しかけてくる。そして携帯の画面を僕に見せてきて言う。
「仙台ってここでしょ?」その画面には牛タンや仙台の風景と思しき景色があった。正直、昨日ほんの一瞬しか喋っていないのにソフィアが僕の住んでいる場所を覚えてくれていたことがとても嬉しかった。
「そうだよ!よく覚えてるね!驚いたよ」僕はそんな風にソフィアに話をした。
授業が終わったら僕の方からソフィアに話しかける。
「ねえソフィア」僕の問いかけにソフィアはこちらを見る。
「ソフィアの出身ってどこ?」
「私は台湾よ」
台湾と聞いて思い出すのは、理科大時代の教職の恩師の紹介で、台湾の大学の教授の家族が神楽坂にきて共に日本酒を飲みまくった記憶だ。あの時から台湾もイタリアのヴェネツィアと同じくらい僕の行ってみたい国の一つとなった。台湾と聞いて親近感を覚える。何より多くの台湾人とこのドイツで仲良くなった。
するとMassimoが何を察したのか、「マサヤ、ベーカリー行こうぜ」と僕を誘ってくれる。Massimo、ソフィア、そしてもう一人の台湾人と僕でベーカリーに行くことが決まった。4人でハイデルベルクの街を歩く。僕はソフィアに夢中で、ソフィアもそれにのってどんどん会話を返してくれる。ソフィアの喋る英語は本当に美しくて、そしてなめらかで、全く台湾訛りがなかった。
「なんでソフィアはそんなに英語がうまいの?」
「あらほんと、私の英語を褒められることなんてほとんどないから嬉しい。お父さんが洋画が好きでよくみていたから。ソフィアっていう英語の名前もお父さんがつけてくれたの」
「なんかソフィアっていうと、日本では上智大学をイメージしてしまうんだよね」
「なんかそれ聞いたことある。早稲田とか慶應とかと並んでるところでしょ」
「めっちゃ日本の大学知ってるね。びっくりした。」
ソフィアはとても素直な女の子でいろんなことを沢山語ってくれる。彼女の英語は美しさのあまりずっと聞いていたかった。彼女は中国古典文学を専攻しているらしい。教養が広い子でとても聡明だった。僕はイレニアと同じように彼女からもその知性から溢れ出る魅力を感じていた。
Massimoたちとベーカリーに行ってミニバゲットを買う。これがまた美味しい。フランスパンが好きな僕にとって、至る所でハードなパンを帰るここは天国そのものだった。
そして教室に戻ると、先生のジュリアが「みんなで広場に移動しよう」と言って僕はソフィアたちと広場にむかった。広場へ向かう道中、ソフィアはイタリア人のガブリエラと話をしていた。ガブリエラは典型的なイタリア人で、爽やかな髪、白い肌、すらっとした長身に高い鼻に、淡いブルーの美しい瞳をしてイタリア訛りの巻き舌英語を話すがそれも味があって全てがカッコよかった。ガブリエラは金曜日に話をして、イレニアに喋るために練習したイタリア語をとにかく喋りまくって少し仲良くなった気でいた。けど1対1で話をするのを求める僕は、ソフィアとガブリエラの間に入りたくなかった。それに、二人ともとんでもなく流暢な英語でずっと話している。僕の入る隙はない。僕は他に気になっていたメイクをしている男の子のことが気になっていた。彼は日本人に見えず、アジア系に見えるがユーロッパ系にも見える端正な少年だった。彼に話しかけてみる。
「こんにちは。僕日本人。あなたは?」
いつもこんな感じで僕は話をして相手の人種を聞いていた。自分が日本人であるということを伝えて。その少年は僕に答える。
「こんにちは。僕は香港人だよ」
香港!僕はジャッキーをしているのでジャッキーかっこいいよねと知ったかをするが、彼はいいやつでその知ったかにも「ジャッキーを知ってくれて嬉しいよ!僕も好きな日本のアニメがあるんだ」と東京グールが好きなことを教えてくれて、話を広げてくれる。なかなかにいいやつだった。彼の名前はオーブンと言った。これもイングリッシュネームである。ある程度会話が温まってきたところでオーブンにいう。
「僕も結構メイクとかするの好きでさ」と、僕が一番キメている時の写真を見せた。ドイツではノーメイクでメガネで過ごしていたからオーブンは写真を見て驚く。
「ほんとに君なの!最高だよ!」
と興奮気味にオーブンは話に乗ってくる。
「僕はメイクを始めてまだ5ヶ月くらいなんだ。君のようなナチュラルなメイクに憧れるよ」本当にオーブンはいいやつだ。会話が楽しい。そんなふうにオーブンと話をしていると、まだガブリエラとソフィアが仲良さそうに二人で高速流暢英会話を続けていた。さすがに、複雑な気持ちになってくる。僕よりもソフィアはガブリエラのような男前がいいのかと。
こういう状況をよく経験してきたが、本当にいつも僕は軽い嫉妬心を抱いてしまう。つくづく自分が弱い男であると思う。少しはその嫉妬心も軽くはなってきた方だが、まだまだこれを完全に心から消し去るにはもっと魂の修練をしないといけないのだろう。人生道はまだまだ長い。
そしてついに広場に辿り着いた。広場には、円状に囲んだ組み立て式の椅子が置いてあった。僕は他の人たちが座るのを待った。そしたらソフィアもガブリエラを座らせていて、席が埋まり、僕とソフィアだけが席に座っていない状態になった。
ソフィアは僕の隣に少しスペースを開けて近づいてくる。ジュリアがゲームの説明を始める。好きに人を選んで何かドイツ語で質問してみて。と。最初にジュリアに当てられた人が自由に質問をしていく。そしてソフィアの番になった時、ソフィアは僕に向かって質問をしてくれた。こういう時、男は嬉しさを隠せないものである。質問の内容は忘れた。たいした質問じゃなかったはず。嬉しさのあまり僕は質問の内容すら忘れていた。少し気になる女の子にかまってもらえただけで飛び上がるくらいに嬉しくなってしまう。僕はきっといつまでも小学生のような恋愛をしていくのだろう。いまだに出会ってすぐに肉体関係に及ぶ男女が理解できないのだ。気になる女の子にドキドキと胸が高鳴っている状態で、性を仄めかすことを決して出会ってすぐに提案なんてできない。逆に世の男女たちは、そんなドキドキや胸の中に温かい気持ちがない状態で肉体関係に及ぶことを提案しているのだろうか?そんな関係の何がいいのか?虚しいだけじゃないのか?僕はいつも疑問に思う。
全てのやりとりが終わり解散となる。みんなが帰り始めた時、僕はすぐにソフィアに声をかける。
「ソフィア」
ソフィアはこちらをみる。
「ねぇ連絡先交換しようよ。」
「もちろん!私LINEやってるよ」
「え、台湾人でもラインってやってるの?」
「むしろ台湾ではラインの方が主流かな」台湾人も中国人と同じくWechatなんかを使っていると思っていた。
交換したあと、ソフィアがインスタのQRも見せてくる。
「ねえ、こっちも」そう言いながらソフィアは自前の艶やかな美しく黒い髪とメガネ、そしてくっきりとした黒い瞳を真っ直ぐに、すこし勝ち気な表情でこちらに向けてくる。彼女は誰にでもこんなふうなのだろうか。だとしたら世の男のほとんどはソフィアの虜になってしまうだろう。無論、僕も例に漏れず、ソフィアに心を持って行かれていたのがわかった。女の子の方からこんなにはっきりとした態度を取られたら、本人にそのつもりがなかったとしても、好意だと勘違いしてしまう。そして僕はまんまと勘違いしてしまう。ほんと、つくづく馬鹿な男である。
そして交換が終わるとあっさりと、「じゃあMasaya、今日のfarewell paeryで会おうね」
とあっさり帰ってしまう。
去り際も完璧だ。もう僕の頭にはソフィアが取り憑き始めていた。
けど、僕にはまだ最後、イレニアに渡さないといけないものがあった。そしてその後、昼は他の台湾人とMassimoたちと飯へ行った。飯を食べた後、Massimoが次はアイスクリーム屋に行かないか誘ってくれたが、行きたい気持ちを抑えて断る。ジョージから連絡があり、僕に会いたがっていたからだ。
ジョージと語る。いつも昼は一緒に過ごしているジョージだが、もうジョージとも会えなくなると思うと寂しくなる。最近年のせいか涙脆くなっているので、最後の日は本乙に泣いてしまうかもしれない。
ジョージとの時間を大切に過ごす。ジョージは僕に嬉しいことを言ってくれた。
「なあマサヤ、日本語を勉強したいんだ。暇な時でいいから時々、チャットに日本語の勉強の仕方や教材を流してくれないか。僕も時間を見ながら学びたいんだ」
僕を通して日本に興味を持ってくれ、日本語を学びたいとまで言ってくれるジョージが嬉しかったし、日本人として誇らしかった。僕に断る理由はなかった。
「Leave it to me」(任せてよ)
とだけ伝える。ジョージのおかげでだいぶ英語も話せるようになった。僕だって感謝しているんだ。いつも英語のうまくなくて、よく会話の途中で会話が止まっても僕が頭の中で英語を組み立てる時間を笑顔で待ってくれる上に、毎日昼食を僕と食べてくれたことを。だめだ、本当に泣いてしまう。
「ジョージ、僕たちはドイツを離れても連絡を取ろう!僕はそうしたい」
「当たり前だ。僕の方からも連絡するよ」と返すジョージ。これで18歳というのだから何もかもが衝撃だ。ジョージは大物になる。アメリカのような国でも彼なら成功するだろう。それだけの大胆さと勇気と、そして何より人として大切な礼儀正しさを持っているジョージは人として完璧だった。そして恋愛に関してになると急にシャイになる面も。彼のそんな人間臭さがとても好きになった。
その後僕たちは昼食後、夜のfarewell partyでまた会うことを約束し、僕も家路に向かう。
寮についてすぐ、イレニアに最後に渡す手紙を書くことにする。そして最後の手紙は日本語で書くことにした。イレニアとは会話する時も、チャットをする時も、いつも英語だった。けど、最後の僕のこの気持ちだけは、日本語で伝えたかった。日本人としての誇りを抱き締めて。
魂を込めて手紙を書くことにする。そして手紙が完成する。下書きをタイプし、紙に手書きの日本語でそれを写す。ただ写すのではなく、念写するように。

レニアへ

 

僕と出会ってくれて本当にありがとう。

君の全てを尊敬しています。

 

僕が最も驚いたのは、イレニアがイタリア人であるにもかかわらず、電車や公共の場所での振る舞い方、さらには神道や神社仏閣への理解など、遥に並の日本人より高い文化的素養を有していたことです。イレニアは既にその心を持っている時点で、日本人だと思います。イタリアの誇りを持った日本人だと言わせてください。だからきっとイレニアがイタリアにいても、日本の神である天之御中主神天照大神や須佐能乎命といった全ての神々はイレニアを見守り続け、時に力を与えてくれることでしょう。

 

イレニアと初めて出会ってから、イレニアのことを考えない日はなかった。ただただ、僕はこれからのイレニアの健康と幸福を祈っています。

僕にとってイレニアは一生の憧れであり、そして人生に新たな視点を与えてくれた師のような存在でもあります。僕はただ、イレニアに出会えたこの幸運に感謝したいと思います。心のそこから感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。

これが、僕の出した答え。彼女にすでにパートナーがいることを知っていて、かつ自分がイレニアに持っている敬意を表すなら、これがベストだと思った。相手を悩ませず、苦しませず、でも感謝を伝えるならこれしかない。イレニアはイタリア人として誇りを抱いていながら、とても日本のことを尊重し、大切にしてくれた。だから僕は、たとえ政府や市役所がイレニアを日本人としなくても、僕は彼女に日本の名誉市民になってほしいと思った。もし僕が日本の全ての権利を操るだけの権力を手に入れたら、間違えなくイレニアに日本国籍を与えるだろう。彼女は日本にとっても、必要な存在なんだ。古事記に出てくる八百万の神の中でも、一際強い力を持つ神の名をイレニアには出した。きっと日本の神々は、イタリアにいてもイレニアを守ってくれる。僕はそれを彼女に伝えたかった。

だから、これからも、どうか祖国イタリアで辛いことがあっても、君らしく生きてほしいと、僕はこの手紙に全ての魂を込めた。

これを必ずイレニアに渡す。それを決めて、僕は最後のfarewell partyの会場に向かった。会場に着くとジョージが既にいた。ジョージと二人で最初のショーを見学する。
ジョージのすぐ後ろには、ジョージが気になっている女の子のアナがいた。
「ジョージ!アナがいるよ!行かなくていい?」するとジョージは冷静に
「大丈夫だよ。僕は紳士だからタイミングは完璧を狙っていくんだ」
ジョージは真剣な顔をしてそれをいう。本当にジョージのようなキャラクターが僕は大好きだ。イレニアに会う前に緊張している僕の緊張をすぐ解いてくれる。
ショーが進むと、途中でジョージもショーに出るからと一旦抜ける。一人になった僕のところへMassimoが近づいてくる。
「Hi、マサヤ!元気か」
Massimoはいつものように渋みのあるかっこいい英語で話しかけてくれる。Massimoの友達の台湾人も一緒にいた。まだソフィアの姿は見えない。ソフィアにも会って話をしたい、でもまだ僕には、ソフィアと話をする前にイレニアとのことを最後まで終えてからにしてしまいたかった。自分の気持ちにケジメをつけるために。
「ねえMassimo、ソフィアは?」
「いや、俺もまだ見てない。ていうか他のクラスメイトも見てないんだよな」
言われれば確かに他のメンバーもいない。みんな他のことをしているのだろうか。
あたりをキョロキョロしていたら、この前話したレリを見かける。相変わらず不思議の国のアリスの世界からそのままでてきたような可愛いらしいが神秘的な雰囲気をしている。
「ヘイ!レリ!」
と声をかけたら「しっ」と静止される。ショーが始めるから静かにしろということだった。急に萎えてしまった。いや、もちろん大声を出した僕が悪いのだけども。そんなに言わなくたって。少しの寂しさを覚えていると、さっさとレリはどこかに行ってしまう。僕ってやっぱり魅力ないのかななんて少し自信をなくす。
一通りショーが終わると、みんな解散し始める。周りがどんどん室内に戻っていく。
すると、いなかったLeiaが僕の前に現れる。
「マサヤ!」と急に手を広げる。抱きついてこいということなのだろうか。意味がわからなかった。「レイア、どうしたの?」と僕がいうとただただLeiaは「ノー!」とだけいい僕に抱きついてくる。そして僕は少し戸惑いを感じつつ、Leiaを抱きしめ返す。Leiaの肌の温かみを感じた時、僕の体は何かに呼応するように少し震えた。8月の末でも、ドイツは夜寒くなるのだ。気温は15°Cくらいで肌寒い。
「マサヤ、バイバイ」Leiaは去っていった。
Leiaはさよならのハグをしに、友達にハグをしてまわっていたのだ。噂には聞いていたが、本当に現実でされるとそんな文化のない日本人の僕は戸惑ってしまうのだ。付き合っていない人とハグなんて、大人のお風呂屋さんじゃないと日本では経験しないだろう。いつもリーダーシップをとっていてクラスの中心で、遊びでサボって授業に出ない日もあると思ったら、次の日には自分で学習してきていて、授業中は熱心に齧り付くように板書をしていたLeiaの姿が印象強かった。彼女にそれを実際に伝えてほめたら、「嬉しい!アリガトゴザイマス」と日本語を喋ってくれたことも忘れない。Leiaがもう行ってしまう。この僕のドイツの旅も終わる。みんな、どこかへいく。そして、イレニアも。寂しさが最高潮に達する。
だから僕はイレニアを探す。今だ。今しかない。そこで外の石のベンチに座り込み、イレニアを探す。どこにも見つからない。呆然と下を向いて座り込んでいると、「マサヤ」と声が聞こえる。僕は一瞬震える。見上げるとそこには、先生のジュリアがいた。
「マサヤ、大丈夫?元気ない?」
ジュリアの優しさに涙が出そうになる。締め付けられていた胸が解ける感覚。ジュリアはいつも僕のことを気にかけてくれていた。本当に、ジュリアは聖母マリアのようだ。
「ジュリア!ありがとう!僕は元気だよ!友達を待ってるんだ」空元気を出す。ジュリアに変な心配をかけさせてはいけない。ジュリアの前やクラスメイトの前では、いつも僕は明るく振る舞っていた。時にはバカだって演じる。楽しい方がいいからだ。だから、ジュリアの前で、こんな複雑な心境を悟らせるような表情をしてはいけない。
「ならよかった、マサヤ!また明日のラストブレックファストでね!」
「ありがとう!またね」僕はそうジュリアに返す。ジュリアのおかげで、何か背中を押された気がする。なんだか、本当にいろんな人が力をくれる。僕はこのクラスを、この街を、ここの人を心から好きなっていた。
意を決して、イレニアにラインを送ることに決める。男ならメッセージなんかじゃなく自力で探して声をかけたかったが見つからないものは仕方ない。この手紙を渡すことが最優先だ。
携帯を見る。イレニアからの連絡はない。けど、確かにそこには既読がはっきりとついていた。夕方見た時には未読だった。少なくとも、イレニアは何か言おうとして僕のラインを見返した。すぐメッセージを送る。

震える手で文章を打つ。もしかしたら返事が来ないかもしれない。このまま未読無視だってありえる。僕はそんな状況もこれまでたくさん経験してきたから。でもその僕の不安を打ち消すように、すぐに彼女から返事が来る。

返事を受けて衝撃が走る。

僕は爆速で返事をする。イレニアはいる!僕を待っている。

僕は走った。会場を抜ける。パウラに出くわす。短く挨拶だけして走る。カフェテリアまでの距離はほんの目と鼻の先なのに、まるで永遠のように感じた。どこだ、イレニアいてくれ、頼む。

カフェテリアに着くと、遠くからぽつんと一人の人影が見えた。柱の方に近づく。どんどん近づくと輪郭がはっきりとしてくる、コートを着た小柄な女性が立っている。

あれは間違えなくイレニアだ。外は肌寒かった。イレニアは寒い中一人で僕を待ってくれていた。

そしてイレニアも僕に気づく。目があう。不思議とお互いに笑い合う。

「イレニア!」

僕は彼女の名前を呼ぶ。イレニアが化粧をしていた。少し濃いめのメイクで紫色のリップをしていた。いつもの幼さの残る顔ではなく、とても大人ぽいメイク。きっと今日は最後のパーティーだからメイクをしていたのだろう。ヨーロッパの人はここぞの時しかメイクをしないと聞く。

そして彼女は僕の右手に持っていたじゃがいも袋を見て面白そうに笑う。

「ねえなにそれ」

「夜遅いとスーパー閉まるから、明日の食材をパーティーの前に買ってたんだよ」

「あぁそういうこと」イレニアはずっとニヤニヤしている。

「ねえイレニア、見せたいものがあってさ」

「いいよ何?」

「これ」

そう言って僕は靖国神社でもらった御朱印を見せる。

「これが僕の魂」ドイツに来る前、第二次世界大戦の英霊に誓った、同じ敗戦国のドイツで学びを得て帰るという誓い。そしてこの旅で、僕はドイツ人学生のパウラとマヤからドイツ人の誇りを、ハイデルベルクの街から歴史や伝統を残すことの大切さを学んだ。それが僕の今回の旅の全てだ、イレニアになら全てを曝け出せる。だから僕は自分を曝け出した。

「それ、私のお母さんも持ってる」イレニアは返す。驚いた。日本人ですら、靖国参拝なんてしない人の方が多いのに。

やっぱりイレニアも、イレニアの家族もすごいや。

「話はそれだけ?そろそろバスが来ちゃう」イレニアは急いでいる感じがした。

「ごめん、ちょっとだけ待って」そう言って僕はリュックサックから手紙を取り出す。イレニアに渡すために、魂をこめたこの手紙を。

「イレニア、ちょっと恥ずかしいけど、手紙を書いたんだ。僕は英語が下手だから、日本語で書いた。でも君になら読めるはず」

イレニアはドイツ文学と日本文学の両方に精通する稀有な存在。日本語を話すのは苦手でも、竹取物語を読めるくらいの日本語力があるなら、手紙で全て伝わると思っていた。

イレニアはずっと笑っている。「あなたってほんとすごいわ」

そんなことを言っている気がした。もうここからは記憶があんまりない。

「イレニア、本当にありがとう。気をつけてね。じゃあね!」

イレニアはバスに向かっていく。僕はその背中を見送る。そして頭を下げ、「ありがとうございました」と日本語でイレニアに伝える。イレニアに向かって日本語を話すのはこれが最初で最後だった。今日のイレニアは、今まで見たイレニアの中で一番美しかった。子供のような無邪気さと、少年のようなワイルドさの中に、寂しげで妖艶な大人の成熟した女性の微かな哀愁漂う色気が混じっていて、それがこの肌寒いハイデルベルクの夜にとてもマッチしていて、芸術のようだった。僕の心は完全に撃ち抜かれた。

本当に、慣れない英語一本でよくここまでイレニアと渡り合ってきたと僕は自分で自分を褒めた。

でも、欲を言うならもっとわかり合いたかった、もっともっとイレニアの心の奥底にあるものを理解したかった。

だけど、僕は最後に、イレニアを尊重し、もっともいい形でイレニアに別れを言うことができたと思った、もうこれで終わってもいい。

そう思えた。

そしてfarewell partyの広場に戻ると、ジョージたちがいた。ジョージに握手をする。

そしてジョージに伝える「ジョージ、僕やったよ」

すると、ジョージは僕にアイコンタクトをする。やったなって感じだ。そのままジョージに握手をして別れを告げる。

「ジョージ、君と友になれたことを僕は誇りに思う」

「I think so too」ジョージは返す。

「ジョージ、君はこの後どうする?」

「僕はもう少しここにいるよ。」そう言うジョージの奥には、アナたちがいた

ジョージも仕掛けるつもりなのがわかった。きっとアナが一人になるのを待っている。

「検討を祈る。また連絡するよ、ありがとうジョージ」

僕はそう告げ、会場を後にした。出口に近づくと、「マサヤ〜」と誰か僕を呼ぶ声がする。

その声の先にいたのはクラスメイトの韓国人の女の子、チェンとローラの二人組だ。顔が真っ赤で随分酔っ払ってる

「なんで帰るんだよ〜」チェンが話しかけてくる。

正直、結構美人な二人が酔っ払ってるのも珍しいが、こんな可愛い二人に絡まれて嫌でない男はいないだろう。だが僕は紳士だ。このまま二人と夜を過ごせば熱い展開もあるかもしれないが、僕はとっとと帰りたかった。今はただ、イレニアとの思い出に浸っていたいからだ。

「二人とも、ごめん!僕帰らないと」

「ダメ〜!返さないから」と二人に通せんぼされる。普段なら嬉しい状況だが、今は辛いものがある。

そして二人に体で通せんぼされながらスライドされて僕をディスコの方へスライドしていく。女性の部分が僕の体に当たりそうで恐ろしい。

「二人とも!酔っ払いすぎだ!恥ずかしいから!」

僕は叫ぶが彼女たちは全く引かない。韓国人というのは酔うとこんなにもだらしなくなるものなのか。

ディスコの中に連れられて、僕は必死で抵抗する。イレニアはもう帰ったが、こんなところをもしソフィアにでも見られてもまずい、僕が勘違いされる。

激しく抵抗すると、ローラとチェンは「そんなに帰りたいの?」と少し機嫌が悪くなる。

「あっそ、そんなに帰りたいのね。じゃあ帰れば」と冷たくなる。

そんなに温度差があるとそれはそれでもの寂しくもある。とにかくでも今は帰って早く寝る必要があった。

「ごめんね」と僕がいうと、二人とも奥へ消えていった。

会場を後にし、帰り道で考える。にしてもお酒であんなに豹変するとは恐ろしい。いくら綺麗でも韓国人の女の子とは結婚できないなぁなんて考えたりする。結婚しても、お酒を飲んだら勢いであんな風に他の男を誘惑すると思うと嫉妬してしまうからである。

家に着くとイレニアからラインの返事が来ていた。

イレニアが日本語で返事をくれた。これは、彼女が一生懸命考えてくれた返事だとすぐにわかった。翻訳アプリもチャットGTPも使ってない、彼女によって紡がれた言葉。僕はもう泣きそうだった。返事はすぐにせず未読のままにした。僕も返事をかんがえたかったから。そして、さらに衝撃の返事が少し時間をおいてやってくる。

きっとイレニアは、この1行を送るか躊躇った。彼女にもパートナーがいるし、きっと彼女も僕の気持ちに気づいている。これがただの友達への感情じゃなく、少し重さを伴っていることも。でも彼女はこの返事をくれた。僕はただ、その返事に感謝だけをしようと思った。彼女の幸せを壊したいわけじゃない。だから、いつかくるその日をただただ僕は待つことにした。そして僕とイレニアの物語は幕を閉じた。

ドイツでの1ヶ月は、イレニアを思う1か月だった。一体それがどれほどの精神的成長をもたらしてくれたかはいうまでもない。僕はただ、彼女に感謝だけをする。

夜の冷たい空気は、なぜか少しだけ暖かかった。

滞独日記Lektion4:敬意を払え(2025/8/6-8/16)

8/6(水)

今日もいつものように授業が終わり、帰りにスーパーによる。Bismarckplatz付近にあるReweというドイツで大きなチェーン店のスーパーだ。イレニアのおかげで買い物ができるようになった。ドイツのスーパーにいて思うことは、スーパーの表記の全部がドイツ語のみで、全くなんの商品かがわからない。ドイツは国産が多い。それで調べてみると、ドイツの食料自給率は86%とのことだった。自分の国に必要なものを自分の国で賄うことがどれだけすごいことか。日本は輸入に頼り自国の産業をどんどん衰退させている中、この国の国力にはただただ敬意を表するばかりである。ドイツという国の強さをスーパーマーケットでも感じることができる。

今日はこの後日本人のサラたちとハイデルベルク城に行く。まずはZeughaus canteen in Marstall というハイデルベルク大学の中でも大きな食堂に行く。僕たちはここのことをツーカウスと呼んでいる。バイキング形式で色々サラダやパンを食べれるが、取りすぎると平気で10ユーロ(昼飯で約1700円!)とかになるので注意が必要である。

サラたちと集合する。日本人4人で集まってみんなで食事をする。日本人だけで食事をするのは初めてだった。サラの食べかたはとても綺麗だった。ナイフとフォークを上品に使う。僕は箸がないので食べづらくてしょうがなかった。僕はパスタも箸で食べるくらい箸が好きだ。

他愛もない話をしてその後ハイデルベルク城に行く。中に入るのは有料らしい。城の中には興味がなかったので僕は帰ることにする。

その後ひとり、哲学者の道というハイデルベルクの有名スポットを歩く。森で神性を感じる。

その後スーパーでオレオのアイスを買う。これは日本にはないので見つけた途端買いたくなった。帰り道enyaを聴きながら散歩する。とんでもなく神聖な気持ちになる。

頭の片隅にずっとイレニアがいて、離れない。

 

8/7(木)

今日は学校に行かなかった。サボりの日である。眠くて仕方がない。Youtubeを見たりだらだらして過ごす。午後になると、学校にも行っていないのに何も他のことが進んでいなくて1日を無駄にしたと変な汗が湧いてくる。やはり授業をサボるのは罪悪感のあることだ。今後は授業には何がなんでもちゃんと行こうと誓う。

 

8/8(金)

授業に行く授業終わり、ハルクと話す。彼女と電話している

カフェテリアでジョージと再開する。3人でツーかウスに行く。あまりハルクはここのメニューを気に入らなかったようである。そしてバイキングのために並ぼうと最後尾を探していると、「Masaya!」と聞き覚えのある声がする。振り返るとそこにはイレニアがいた。僕は言葉を失う。前回の失態が原因でもう次はないと思っていたからだ。けどイレニアから声をかけてくれたこと、何よりイレニアに再開できたことがあまりに嬉しくて、それゆえに一瞬固まってしまった。それに今日はジョージやハルクがいたし、イレニアも自分の友達と一緒にいる感じだった。少し立ち話をしたかったが急なことにどうしたらいいわからず、言葉が出てこず、捻り出した言葉が「Talk later」だった。イレニアは少し頷いて僕は彼女の前から去る。後で彼女にラインすることにした。

ジョージたちと食事中、イレニアのことばかり考えていた。

食事が終わり、ゼミに参加する。ハルクは何やら用事があるやらで僕は一人で授業に行く。前の方が入れなくて後ろの方の席に行く。すると途中から大きな物音を立てて中国人に見えるアジア系の学生の女が一人入ってきた。ゼミは謎に出席カードに手書きで名前を書くアナログなシステムなのだが、その女は早く僕に名前を書けとせかしてくる。基本的に僕は自分が日本人を代表しているという気持ちで他の学生にも接してきた。自分に粗相があれば日本のイメージが悪くなるから日本以上に気遣いや丁寧な振る舞いを意識した。僕は最初、彼女に対して紳士的にsorryとかcould you give me some time?と話しかけたが、女はそれに何も言葉を返さず音を立ててこちらを威圧してくる。記入し終わった紙を渡すとその女はひったくるようにこちらから紙をとる。この天国のようなハイデルベルクに来て初めてのことだった。クソみたいなやつだった。何一つ精神が洗練されていない。こんなやつでもここに紛れ込むのかと。そして僕のクラスの中国人、台湾人をはじめとするアジア人には、こんな奴はいない、いなくてよかったとも思う。皆、日本人のように礼儀正しく優しい人が多かった。このくそみたいな女は、自分の国に誇りなないのだろうか。おそらく母国でもこんな振る舞いをしているのだろう。自分が自分の国を代表しているという自覚が足りない。もしこいつが中国人なら、中国の評判を下げることにつながるとなぜ分からない?それはこいつが無知で学がなく、精神性も欠けているからだ。野蛮な国民性と言われても、文句は言えない。それはこいつのようなモラルも敬意も他人に払えない奴が平気で外国に出てきているからこそ、国の評判が下がる。こいつはもう何人でもない。自分の国に誇りもないただの地球の癌だ。僕がこの街に来て初めて苛立ちという感情を覚えていると、その女が書いた出席票をまた僕に突き出してくる。しかも何も言わずに。心の底からfuckin' shitと叫びたい気持ちだった。僕はその紙を受け取り怒りを抑え、先生の元に出席票を渡しにいった。本当に気分が悪かった。そしてその後、ものの数分もしたらそのくそ女はとっとと教室を出て行った。一体こいつは何をしに来たんだ?僕に嫌がらせだけでもしに来たのかと腹がたつ。

授業が終わりスーパーに向かう。自動レジで買い物しようとしたらメンテナンス中で友人レジに行くことになった。レジはとんでもない行列だ。仕方ないが並ぶ。そしてクレジットも今は使えないとのことで現金のみだった。僕の一つ先の女性が、カードしか持っていなくて、会計をキャンセルした。そして僕も現金で支払って、寮についてレシートを確認すると明細に僕の買っていない項目が6品くらいあった。チーズとか調味料とかだ。やられた。完全に従業員の登録消しミスだ。スーパーに戻り事情を説明する。さっきの店員はもういない。英語で説明したら分かってもらえた。いい経験だ。対応してくれた人は紳士的でとてもいい人だった。

家について全てが無事に終わったら、思い切ってイレニアにラインをした。

「今日会えて嬉しかった」

すると、まさかの爆速で返信が返ってくる。

「ねえ!もっと私たちは会うべきよ!」

僕はその言葉に嬉しさが止まらなかった。前に僕が買い物の件のあと、やりとりが一通り終わってから送ったスタンプに既読がついていなかったのでてっきりもう避けられていると思っていたからだ。

「来週のexcursionは来ないの?」と続けるイレニア

「支払いを忘れてしまったからもう行けないんだ」と返す

「Oh」とだけ返ってくる

僕は思い切ってイレニアを誘うことにした。

「ネッカー川に一緒に行かない?散歩しながら話がしたい」というと

「もちろん」と返ってくる。嬉しくなった。

そこに続けて「ハルキとか誘う?」とみんなで会うことを仄めかしてくる。

もちろん、それでもよかった。けど僕は自分にそんなに人望がないことを自覚していたし、僕のために彼らが付き合ってくれるとは到底思えなかった。何より自分の都合に彼らを振り回したくなかったので僕は最初から彼女にいうことにした。

「いや、二人がいい」はっきり伝えた。もうこれは僕にとって恋愛的アプローチであると相手に確信させることになる。でもそれでいい。なぜなら僕はもうイレニアを好きなっていたのだから。しかも相当真剣に。それに対してさっきまでより少し間を置いて彼女が返す。

「いいよ!でも勘違いさせないために先に伝えておくけど、私にはパートナーがいる。だから会うのは友達としてね」

胸がチクっとする。でも、それはほんの一瞬で、すぐさま相手のパートナーシップを尊重しようという気持ちに切り替わった。これだけ魅力的な相手だ。そりゃパートナーくらいいても当然だろう。むしろ彼女ともう一度会えることを僕はただただ喜びたい。そう思ったのだ。それにイタリア人の彼女のこのはっきり伝えてくれるコミュニケーションは心地が良かった。日本的な隠すコミュニケーションや察するコミュニケーションに美しさはあるが、事実確認などの察することが難しいことまで言われずに隠されることがありがりなのが日本的な恋愛のトラップであり、そういうものに辟易としていた僕は、むしろ彼女の正直な意思表明がありがたかった。平気で彼氏がいても隠れて男とデートをし浮気をする女も多い。そんな女が、浮気相手との逢瀬の前に「友達としてしか会わない。」などと意思表明をすることがあるだろうか。むしろその先を期待して何も言わないとするこの非言語コミュニケーションが本当に僕は無理だった。非言語コミュニケーションにはいいものと悪いものがあり、このようなものは後者に当たる。そんなことをふと思う。

「イレニア、ありがとう。じゃあ次の土曜楽しみにしてるね」と日程を決めて最後に僕はそう返事をした。今日はいい日だ。

今日はスーパーで塩を買えたので美味しいパスタをつくれた。

今日はもう寝よう。

 

8/9(土)

今日はMannheimにきた。この世の天国、まさに楽園のような場所だった。

パスタをつくるのがうまくなった。初めての洗濯をする。

 

8/10(日)

昨日は蚊に刺されてよく眠れなかった。15時まで寝ていた。日曜日はどこのスーパーもやっていなかった。駅でパンを買う。クロワッサンサンドとサーモンチーズサンドで美味しい。しかし、僕にとってこれはおやつでしかない。がっつりタンパク質や炭水化物を食べたいが、あいにく店がやっていないので我慢する。今日もまたMannheimに行く。昨日は行けなかった公園で2~3時間ほど瞑想して過ごす。

ドイツのハイデルベルクやmannheimはとても美しい街だ。でも僕は、彼らに対して思うことがある。みんな誰かと時間を過ごそうとする。もちろん一人でいる白人女性もいたけど、家族や大人数で過ごす人も多かった、みんなそんなに孤独が嫌なだのだろうか。
 
8/11(月)
堕落した日々を送る。何もする気が起きなかった。午前の授業だけ行き、午後は寮に帰ってYoutubeを見て過ごす。
 
8/12(火)
今朝一番に目が覚める。何か自分の中に覚醒を感じる。それは覚醒のために気を抜くなという自分への戒めのような夢。昼はいつも通りHalukとGeorgeと食事をする。Museというバンドを教えてもらう。聞いてみるとすこぶるいい。そしてその後、午後のセミナーをHalukと受講する。そこで、僕好みの白人(ルーツはわからないがおそらくヨーロッパ)の褐色(多分日焼け)の美女が僕の前を通りかかる。僕のすぐ後ろの席に座った。そして僕のいる行の席の端の日本人に見える老人が一人いた。この方は前回も同じ教室で見かけた人だった。とても紳士的な人だったことを覚えている。そしてこの老人、全くバックグラウンドは不明なのだが英語もできるしドイツ語も学習者であるにも関わらず、先生とドイツ語でのコミュニケーションも取れていて、シンプルにすごかったのだ。そして僕がHalukといつものようにくだらない会話をしている間に、気づいたらその美女と日本人の老人が英語で楽しそうに話していた。その光景を見て、衝撃を受けたことが二つある。1つ、年齢関係なく何か一芸がある人は格好いいということ。僕はその光景を見た時、その老人に心から敬意の感情が生まれていたのがわかった。自分にはできないドイツ語を話すという技術が彼にはあったのだ。授業中も、彼女がわからないところを教えたりしているようだった。顔も体型も関係ない。需要なのは技だ。技こそが自分の世界を変え、信頼を集める。それこそが本物であるということに僕はこの異国の地で改めて気づいた。そして、もう一つは、一人の男としてただただ悔しかった。ドイツ語がまだよくわかっていない自分はこの老人のように自信を持って、この美女にドイツ語を教えてることができない。そして昼休みにGeorgeとの会話で自分の英語のできなさにくらってしまい(Georgeはアメリカ人で、映画やニュースで聞いたような本格的な英語を洗練されたミソネタアクセントで話す)、その状態でとてもこの美女に声をかけれるような状態ではなかった。全てが悔しかった。俺は今までいったい何をしてきたんだろうと。俺の今までの27年間は一体何を得るためのものだったんだろうかと。逆にふと我に返ってみると、自分にはこれまで培ってきた世界の見方、神道、そして量子力学がある。けど僕はそれを伝える言語を英語でしか持っていない。これこそが僕にとっての大きなバリアーだった。もっと広い世界にアクセスし、世界中の人とその道具を元に対話をしたいのに、僕の世界はバリアーが貼られていて、そのバリアーの外にそれを放つことができない。これこそが生まれながらに全ての日本人に貼られたバリアー。もちろん、インターナショナルスクールに通っていたとか身内に英語圏の人間がいる特殊なケースは除く。国境を持たない国にとって、手段を持たないことは大きな損失でもある。とはいうものの、日本に生まれなければ日本語という言語に慣れ親しみ、虫の声を聞き、風の音に耳をすます感性も育たなかった。英語圏に生まれ育って、日本語を学んで日本で生活するのと、日本で生まれて英語圏に飛び立つのでは、どちらの方が人生はハードだろうかと思ったりもする。しかし同時に思うことは、これまで難民として違う国に逃れた人たちや、未知なる環境を求めて孤独に違う国へ移住した地球の先人たちは、彼らも同じように言語の防壁があったはずだ。そして彼らは皆そのバリアーを打ち砕いてきたのだ。そしてそのバリアーを打ち砕けたのは、彼らの母国の中でも少数だったはず。彼らも孤独にその壁を壊し、自分の遺伝子を違う国に伝えたのだ。それを考え時、僕は何か自分も今その境界に立っているのだと感じた。
帰り際、Halukがトルコについて教えてくれる。トルコはアジア、中東、ヨーロッパの境界にある国だから、多くの移民と難民の問題を抱えているそうだった。
 
8/13(水)
昨日は夜の20時には床についた。夢を見た。夢の内容は、パーツを組み合わせて人間のような生き物を作る生命組み立てキットを組み立てるのだが、僕が組み立て方を間違えた上にそれを無造作に棚の奥に入れていたのだ。きっとそこではうまく酸素が供給されなかったのか、次の日棚を開けてみると、見事にいたたまれない姿になっていた。両足はもげてなくなり、右の腕は隆々としたかと思えば、サイズは細く、左の腕は大きくなっており、そして目は完全に黒目の中に白い斑点ができており、麻薬中毒者さながらの顔になっていた。まだ死んでいるのか生きているのかわからず、このまま棚から出しておけば復活するのかどうかわからない。しかしこのあまりにも気味の悪い生物を生み出してしまった自分を悔い改めるのと同時に、今ここでこの生き物の胸元を切り裂いて命を奪うべきかどうか迷った。そうしていると目が覚めた。まだ夜の2時だった。もしこの夢が僕のカルマを表すというなら、過去に僕の魂は大きな生命に対する過ちを行ったことになる。これは僕が償わなければならない罪を表しているのであろうか。そのまた眠りにつく。次の夢は、小学校を卒業して以降永遠に会っていない、同級生に食事を誘われる夢だった。まず、彼女だけでなく多くの知り合いが集まり僕たちは何かの作業・仕事をしていた。そして全ての作業が終わった後、彼女は僕に声をかける。「この後飲み行こうよ」それに対して僕は断る。「明日もやらなきゃいけないことがあるから早めに帰って寝たいんだ」それに対して彼女はいう「今日あんたに会うために私はずっと待っていた」その言葉を聞き、そこまで本気だったのかと思うと僕は行かざるを得ないと思った。「わかった、少し準備をするから待ってて」と建物に戻り、ヘルメットをマスクを外す。それだけなのに全然進まない。早く彼女の元に戻らないといけないのに。そしてなんとか終わって外に戻ったら彼女がいない。僕は何度も彼女の名前を叫ぶ。しかし彼女はいない。中にいるかと思って中に入ると、彼女はポーカーをしていた。待ちきれなかったようだ。「行くよ」と僕がいうと、彼女は「これが終わってから」という。俺がモタモタしている間に彼女は変わり果てていた。この夢はいったい僕に何を伝えようろしている?
そして日が変わって、日中車でその彼女をどこかに連れて行くことになったようで、僕は運転席で彼女は助手席だ。車を運転するが、全くうまく行かない。車が止まってくれない。うまく進まない。何度も事故を起こしそうになる。そして目が覚める。朝の4時だった。
 
8/14(木)
今日は早めに家に帰る。IDカードを忘れたのでカフェテリアを利用できない。そしてドイツ語とイタリア語、英語の勉強を始める。イタリア語は挨拶から覚えていくことにした。イレニアとの再会が近い。しかしこれが難しい。
 
8/15(金)
今日はglobal villageというイベントがあったので、HalukとGeorgeの3人で参加する。僕らでたくさんの展示を回った。けど律儀にみんなドイツ語で話をしていて、残念ながら深く語ることができなかった。けどその中でGeorgeのアクションがとても面白かった。日本人の展示のAnaに惚れ込んでしまったそうで、さっきはあんなに「自信がある振りをすればいいんだ。そして大胆にいくんだ」と言っていたGeorgeに、「Anaのところに行こうか」と言うと「ちょっと待ってくれ。まだ心の準備ができてないんだ。」と謎のムーブメントを取り出す。そんな彼がとても陽気で面白かった。
途中、イレニアを見かけた。僕はすぐに気づいた。明日会うのに声をかけれなかった。イレニアは本当に美しくて今日は髪を上げていた。彼女の美しさに僕は完全に胸が高鳴ってしまい、緊張で声をかけれなかったので、Georgeの気持ちがわかったのである。
 
 
8/16(土)
今日は自分にとって運命の日だ。9時に行けばそこにイレニアがいる。昨日は22時すぎには寝た。4時に起きて洗濯とか色々するつもりだったのに目が覚めたのは朝の7時だった。腹が減っていたのでじゃがいもと卵、ソーセージを炒めて朝食を作る。作り終えたらすぐにランドリーに行って洗濯をする。そのあとはテーブルの食事をとにかく腹に詰め込む。服を乾かそうと思ったらIDカードに残高がなかったので乾燥まではできず濡れたままの服を着ていくことにする。幸い甚兵衛なので濡れていることが分かりにくいし、すぐに乾く。歩いて待ち合わせ場所まで向かう。駅で待ち合わせることにしていた。駅で会った時のイレニアは複雑な表情だった。少し低いトーンでGuten Morgenという。ドイツ語を話すのに慣れてなかったので、無意識に出てきた言葉はGood Morningだった。心に余裕があれば、Ciao, Come Va?ということもできたがやっぱり少し僕の気持ちは動揺していて自分も相手に後ろめたい気持ちがあったし、相手も僕の態度に対して友達としての姿勢を一貫したいという心境もあったのであろう。僕はあってまず、今日時間をとってくれたことに対して礼を言う。
すると彼女はすぐ笑顔になり、「全然構わないよ」と伝えてくれた。
歩きながら彼女の笑顔を見れて安心した僕は、「Come Va?」とイタリア語で話しかけてみる。
するとイレニアは、親戚の悪ガキのイタズラに呆れながらもどこか愛着を込めたように笑う年上のお姉さんのような笑みを浮かべて、
「元気」と日本語を話してくれた。彼女から聞く久しぶりの日本語。やっぱりすごく可愛らしくて愛おしく感じてしまう。
僕は彼女に提案する。「Philosophenweg(哲学者の道)はすごく坂が急でネッカー川沿いはとてもフラットだけどっちがいい?」
するとイレニアは「絶対ネッカー川!」と笑いながら答える。
僕たちはネッカー川に向かってハイデルベルクの街を歩く。橋の上を歩いているとき、彼女は僕に問う。「ドイツ語はどんな感じ?」
「全然難しいよ。冠詞が複雑だし、なんで冠詞に性別があるのかわからない」というとイレニアは
「ほとんどのヨーロッパの言語はラテン語に通じている。ラテン語は知ってる?」
「一度だけ勉強しようとして本を買ったけど難しすぎて諦めたよ」
「私もラテン語は完璧に習得したわけじゃない。今ではラテン語は口語では使われないないから。でもその源流を知れば言語の共通性が見えてきて面白くなる」
その後彼女はロマンス語やゲルマン言語についても語ってくれて、まさに語学の研究者ち言わんばかりの知性を見せてくれた。彼女の詳細な語りも英語力の乏しい僕にはほとんどわからなかった。本当に、録音機があれば全部録音しておきたかったくらいだ。
一つだけわかったのは、知性のある女性はとても魅力的だということ。イタリアではまだ学部生で20歳くらいのイレニアがここまでの知性があることに驚きを隠せない。
僕は彼女の深い世界にどっぷりとハマり込んでしまった。まだ理解できないことも多いけど、もっともっとイレニアから話を聞きたい。僕は新たに開かれるその知性の扉に、何にでも興味を持つ幼子のように無邪気に質問をしまくった。その全てに対して彼女は真摯に答えてくれる。だから僕は彼女に伝える。
「君が将来の選択肢をドイツ文学専攻の教授になることにすることは少し...と思う。」......の部分はもったいないと言いたかったが、それは英語でどう言うのかわからなかった。
「あれ、もったいないって英語でなんて言うんだけ」僕がイレニアに尋ねると
「wasted」と返してくる。
「う〜ん、wastedってことはuselessってことでしょ?でも違うんだ、そうじゃない」
後で調べてわかったことだが、ここではmissingというニュアンスが正しかった。確かに日本語のもったいないは粗末にするという意味もあり、文脈によってはwastedの訳が正しいときもある。しかしそうではなく彼女が有り余る能力を活かすには、ドイツ文学の教授というポジションはあまりにも役不足であるように思えたのだ。(注:役不足はよく誤用されることが多いが、「役不足」の本来の意味は「与えられた役目が自分の能力や実力に比べて不相応に軽い」ことでありこの文脈では正しい使用例である。なのでよく誤用の例である「私がリーダーなんて役不足です」というのは、力不足の意味で誤用されているのであろうが、これは逆に「自分はリーダーなんて枠には収まりきらないもっと上のポジションが似合う」というとても傲慢なことを言っていることになる。)
イレニアにはもっと壮大なことをできる力がある。すると彼女は続ける。
「私はオフィスに勤めるなんてのは向いてないと思っている。だから教授職を選ぶ。じゃあそんなにいうならあなたは私にどうするべきだっていうの?」
全く正論だ。勿体無いなんて言っておきながら自分は何か選択肢を彼女に提案できるわけじゃない。そんな無頓着に発言をしては行けないと教えられる。何より、彼女を含む洗練された西洋人たちと話していて感じたのは、「自分の発言に責任を持つ」というスタンスであった。彼女は僕にこう言っているとも解釈できる。「私の選択肢に何か意見を出すならあなたは同時に代替案を出すべきよ。それが発言に責任を持つということだと思わない?」それがたとえ才能が惜しいという場合であってもこのルールは適用されるものなのだと気付かされる。そこで僕はまだ情けなく答える。
「ごめん、それはわからない」
それでも彼女は笑ってすぐに切り替えて次の話をしてくれる。
「ここのアヒルたちって、ドイツで生まれたんじゃなくて、アフリカから来たの」
川のほとりで群れになって懸命に草を食べているアヒルの群れを見てそういう。ネッカー川にはEgyptian Goose(エジプトガン)という黒と白のコントラストが特徴のアヒルがたくさん集まっている。彼らは繁殖期になると凶暴になり、たまに縄張りを作るために他のアヒルを殺すこともあるそうだ。
「もうこの川にドイツの原種はほとんどいない。アフリカから来たこいつらに殺された」 ネッカー川沿いには マガモ(Mallard)、カンムリカイツブリ(Great Crested Grebe)というドイツ原種の他の鳥たちもいる。しかし、アフリカから連れてこられて逃げ出して野生化したこの鳥たちによって原種の鳥たちは殺され、今では外来種の方が目立ってしまっているのだ。ドイツ原種のマガモは攻撃性がなく大人しいので、攻撃的な種にすぐ殲滅されてしまう。
「愉快なもんだ。全員殺されてやがる」イレニアは不気味なくらい笑いながら、楽しそうにその話をする。僕は思った。心優しい彼女はきっとこのドイツで追い詰められているマガモたちに自分を重ねているんじゃないかと。なぜならその前にイレニアは、祖国イタリアが移民や難民という外来種によって街が大きく破壊され、イタリア人が自分の国なのに色々な苦しみを負わされていることに対して怒りや悲しみの感情を持っているとわかったからだ。「私の国ではもう、女性が一人で出歩くこともできない。付き合っていた恋人と別れれば、その腹いせにレイプされるのなんて当たり前。街は汚れていて、私たちは昼でさえ、誰かと一緒じゃないと外に出れない。私はイタリアの文化に誇りを持っている。だからこそそれが悲しい」
一体それはなんというこの世の地獄なのかと辛くなった。本当にそんなことが、しかも日本人からすればおしゃれな街というイメージしかないイタリアがそんなことになっているのか?僕は世界の惨状にただ、うなづいて聞くことしかできなかった。
しかし同時に思う。もしこれが未来の日本だとしたら?
日本人が日本人としての誇りを失い、そして移民に国が乗っ取られる。まるでエジプトガンにネッカー川を乗っ取られたドイツ生まれのマガモたちのように。女性が一人で街を出歩けないくらいにボロボロに日本がなってしまったら?そんなことを想像するだけでゾッとする。
幾らかやりとりをした後、なぜイレニアは神を信じていないのかについて聞く。西洋の人はほとんどクリスチャンと思っていた僕には(のちにそれは誤りで今では無宗教の西洋人は増えていることに気づく)不思議だったからだ。
すると彼女はこう答えた。「私は6歳の時に聖書を読んだ。けど最初からなぜ神が存在しているのならこの世界の不条理は無くならないのか疑問だった。なぜ神が愛を知っているならその愛の力で憎しみを世界から無くさないのか。」彼女は6歳にして神の存在は世界を豊かにするのではなく、むしろ選民的な思想によって世界に破壊がもたらされることに気づいていた。
 
普通、その年齢でそんなことに気づかない。これは彼女の魂が原初的に持っているものだと僕は思う。そこで彼女に違う視点で問いをしてみることにする。
「これは仏教的な価値観かもしれなけど、君の魂はまるで転生を経験しているような気がする。」恥ずかしながらReincarnationという単語を彼女が知っていたので、僕の拙い英語でもなんとかその質問をすることができた。しかし、彼女はそのアイデアに対しては否定的だった。
 
彼女の知識量の凄さには驚愕ばかりだ。彼女は多言語話者であるだけでなく、それらのルーツであるラテン語北欧神話ローマ神話、そして日本古事記にまでその造詣は及んでいる。古事記はイタリア語に翻訳されているものを読んだらしい。そして彼女は続ける。
「私は宗教を信じていない、天国も地獄も信じない。もし死後の世界に何かあるとするなら、それはヴァルハラだと思う。」
ヴァルハラとは、北欧神話に出てくる神、オーディンの宮殿である。オーディンは戦場で死んだ者のうち、勇敢に戦った戦士(エインヘリャル)をヴァルキューレに選ばせてヴァルハラへ連れていく。つまりヴァルハラとは、戦士の栄誉ある死後の居場所として考えられている場所である。彼女がそのように言ったのは、おそらく今生きている人生の中でどれだけ名誉と誇りを持ってこの世界を戦いぬくか、そういうものを彼女の中から感じた。そしてそれは僕が靖国神社から感じた英霊たちに対して感じた敬意と通じるものがあった。しかしもっと面白いのは、彼女自信がイタリア人として誇りを持ち、そしてイタリアの現状に多いに痛みを感じ、憂いているにも関わらず、その元凶である移民や難民たちにも少し同情や慈しみの感情を感じたのだ。彼女は強い言葉で、「Shit」と元凶者たちへの怒りを露わにするのと同時に、彼らの境遇への想像力を働かせている。これは彼女からイタリアの街を荒らす犯罪者たちへの慈しみだと僕は捉えた。彼女にとって、この世界とは戦いのフィールドであるのかもしれない。少なくとも彼女の根源にそれがなければ、つまり死とはこの戦場を誇りを持って戦い抜いた結果として祝福されるものでなければあまりにもこの世界は理不尽であるというような感覚を持っている気がしたのだ。
この話を終えた時、僕もそこに行ってみたいと思った。ヴァルハラ、そこは戦士たちを永遠に祝福する場所。僕たちはこの世界で戦っているのだ。だからこそ、死後それを讃える場所があっても良いではないか。しかしそれでもヴァルハラに来たものは休息をとりつつ、褒美が与えられつつも、常に戦いを続ける。戦いという宿命からは逃れられないかのように。
そろそろイレニアは戻りたそうだった。天気もまだ真夏日和で日本ほどではないが日差しが強かった。ヨーロッパの涼しい気候しか知らない、しかも肌の白いイレニアからすればこの日差しは苦しいはずだ。
「駅まで戻ろう」と僕はいう。
歩きながら僕はまだまだ話したいことがあるのに先へ歩幅を進める。もっと英語力があれば彼女のいうことを全て聞き取ることができるのに。悔しさだけが僕の中で反芻する。
そして彼女にこんな問いを投げかける。「なんでイレニアは日本に興味を持ったの?」
彼女は笑いながらイタリア語の単語を出してくる。「それは何?」と聞いたら意地悪そうに笑って教えてくれない。ちくしょう、イタリア語さえ分かれば。
でもその後で追加の説明をしてくれる。
「私は日本が好きであると言いながらアニメしか挙げれない人(他の外国人)が嫌い。私はそもそもアニメを見ないし、日本の良さはもっと違うところにある。私は書道にだって挑戦したし、茶道も好き。日本に行けばいくつも神社を巡る。」
僕が感じたのは、イレニアは日本の表面的な文化じゃなくて、その背後にある精神性に共鳴してくれているのだと感じた。そしてそれこそが、アニメが好きなだけで日本を好きと言えてしまう感性に対するちょっとした反抗心から出たこの言葉なのだと思った。
「どうしてそんなに日本を愛してくれるの?」
「日本の神社はこっちの教会と違う。だから好き」
イレニアはもっと深い話をしてくれていたのだが、僕の英語力に支障があってそこを聞き取れなかった。次会うときにはもっと英語力を鍛えた状態で、彼女と再開すると誓う。
僕の想像力で足りない部分を補うなら、彼女の見ている世界はきっともっと広くて、でも中庸でまろやかなのだと思う。彼女の思想の全てに柔軟性がある。それは宗教とは対極のものだった。しかし僕の敬愛するDavid Deutsch風に言うなら、彼女自身もユニバーサルエクスプレイナーの一人なのだと思った。世界をより良くするための説明を与えられる人間である。僕が物理学の世界でそれを試そうとしているなら、彼女はドーキンスの言うミームを普遍的に統合させ、レヴィ=ストロースの言うプリコラージュをまさに言語・文化の面で体現する存在だと思った。これ以上にないくらい尊い存在、そして世界でも稀に出会えないタイプの人間。僕が彼女に抱いていた愛情は、敬愛に代わり、そして博愛に変わっていくのを感じた。彼女の知性はこの宇宙に必要であることを僕の本能は悟っていた。
橋の下まで来た時、ちょうどキッチンカーが抹茶のドリンクを売っていた。それを見てイレニアは笑いながらいう。
「ドイツの抹茶飲んだ?」
「飲まない。日本の方が安いし美味しいから」僕もニヤっとしながら答える。
「当たり前ね」僕たちは笑いながら見つめあった。
「ねえイレニア、今度は僕にとってのイタリアの話をしてもいい?」
「ええ」イレニアはずっと笑みを浮かべている。
「僕はまだイタリアには行ったことがないけど、イタリアの食文化はずっと僕を作っている」
「でもあなた日本人でしょ?なんでイタリアの食文化なの?」
「小学生の頃から自分で料理してた。その時よくパスタを茹でて、ピザを自分で焼いたりしていた。ずっとイタリアの食文化を尊重している。米よりずっとパスタを食べてたよ」
イレにあの深い話に比べれば、随分と浅い話だった。でも、これはイレニアには言えなかったが、イタリアのヴェネツィアは僕にとっての憧れの街であり、そしてジョジョの奇妙な冒険で一番好きな部がParte5のイタリア編である僕にとって、本当にイタリアは世界で一番好きな国だ。だから訪れてみたいと思っている。けど、アニメを見ない彼女にそれを英語で伝える能力がまだなく、この話をすることができなかった。
それでもイレニアは笑ってくれた。どこまでも聖女のように笑顔の似合う美しい女性だった。この彼女に重荷を思わせ続けるこの醜い世界とはなんなのか。僕はそんなことばかり夜に考えていた。
イレニアは行くところがあるというので駅で送る。
「もっと話したかったイレニア。気をつけて。行ってらっしゃい」
そう伝えて僕は、一人哲学者の道へ向かう。かつてのアインシュタインたちが歩いたと言われるこの道を一人、僕は物思いに耽りながら歩く。
今日も天気がいい。日本よりも青いドイツの空は、何故か今日は少し白っぽかった。
 

滞独日記Lektion3:回転を信じろ( 2025/8/2-8/5)

8/2

今日は6時くらいに目が覚めた。今日はもう誰とも会いたくない。昨日は遠足の費用を払わなかったのでとても気が楽だ。どこにも行かなくていい、誰とも会わなくていい。もう1日中何もしていたくない。起きてすぐ、EnyaのBook of DaysとCaribbean Blueを聴く。日本でも好きな曲でよく聴いていたが、この地についてからは本当に耳によく馴染む。Caribbean Blueの舞台はカリブ海だが、日本で聴いていた時から、なぜか僕は地中海を想像していた。だからヨーロッパでこの曲を聴くと、日本で聴いていときは違うインスピレーションが湧いてくる。昨日からずっと聴いている。魂のもっと奥底にあるものを呼び起こされるようなそんな感覚。そう思っていたらトイレットペーパーが切れかけていて、新しい予備がないことに気づき、買いに行くことにする。ハイデルベルク大学の大きなキャンパスと寮の中をずっと歩いていく。今日は土曜日だからほとんど人がいない。今日のようにナーバスな日にはとてもいい。おまけに天気もよく、風も心地がいい。WEREというスーパーに行き、チーズと日本では買えなくなったOrangenaを買う。ドイツに来てから何度も飲んでいる。そしてここのorangenaはかつて日本で売られていたものと全く同じ味だった。日本ではもう買えないフランスのジュースを異国の地ドイツで飲んで安心するという奇妙な体験。無事トイレットペーパーも買えたので家路に着く。途中で白人のお婆さんが自転車に乗ってすれ違う時、笑顔でこちらを見つめてきたので、Halloと早速覚えたドイツ語の挨拶をする。昼は父親と通話をする。祖父が亡くなったので9/7に四十九日を執り行うとのことだった。8/29には羽田に着くので、帰国してからすぐ徳島に帰ることにした。母親に電話をする。こちらは昼でも日本は夜だ。「母さん、夜遅くに申し訳ない。今ドイツにいる。じいちゃんの四十九日まで沖洲の実家にいてもいい?」久しぶりに母親に連絡する。色々と情報量が多く驚いていた。しかしいてもいいとのことだったので帰国後は徳島に帰ることが決定する。徳島の神社は巡ったことがなかったので、巡ってみたいとも思う。今日はほとんど何もしていないのにとても疲れた。もう寝よう。

 

8/3

目が覚める。日に日に目覚めが良くなっている。今日は、昨日よりも幾らかマシな目覚めだった。僕にとって誰かに本気で恋をするのは病気と同じ、一つの疾患みたいなもんで生きているだけで苦しくなり、いつも胸が締め付けられ、身体中の神経は緊張で強張り、後からどっとそれが身体の痛みとなって訪れる。最近、急な耳鳴りが来る頻度がどんどん短くなっている。仙台にいた時は謎の耳鳴りが3日に1度くらい訪れるようになっていたがその周期がどんどん短くなっている。

昨日は夢を見た。夢の中で僕は帰国後、仙台ではなくなぜか僕は沖縄に行こうとしていた。濱田さん(東京にいたとき住んでいたシェアハウスのオーナー)に、ここも建て壊しだから次の行き先を見つけないとねと言われる。おそらく僕の潜在意識はOISTをキャンセルしたことになんらかの未練があるのだろう。しかし、帰国後の奈良の衝突物理学会などに参加することを考えれば、もうほとんど費用は残っていない。OISTに参加すれば完全にマイナスになることがわかっていた。だから泣く泣くOISTの量子情報の2週間のworkshopをキャンセルした。完全に目が覚めて意識がクリアーになる。夢の回想から僕は現実に戻る。自分の中に少しの決意が生まれていた。

英語の能力をもっと向上させて、Ileniaを二人きりのデートに誘いたいと思った。時期は最後の1週間のどこかがいいと思った。それまでに少しのイタリア語も学んでおこうと思った。彼女は5ヶ国語も話せる。彼女はもう言語のProfessorだ。今朝、ハイデルベルク大学の日本人サークルと一緒にピクニックをやるがどうかと、日本人のグループラインに知らせがあった。少し迷ったが行かないことにする。もう少し孤独に自分と向き合っていたい。それに場の量子論の課題も全く進んでいないので早急に取り掛かる必要がある。締切まであと72時間もない。そんなことを思っていたのが12時ごろ。18時から取り掛かる、なんとか23時すぎに課題が完了した。ファインマンダイアグラムとTime orderingの関係性が全然深く理解できない。なぜ時間順序、Lorentz invariant、space likeであることが衝突後と衝突前の時間順序を作り出すのか。そしてそのダイアグラムが意味しているのことは何なのか、知れば知るほど沼にハマる。やはりもう少し経路積分を学ぶ必要がある。23時過ぎに眠りについた。

 

8/4

今日から月曜日だが、スケジュールを見ると8/4には何も書かれてない。おそらく今日の授業は休みだ、ドイツ語がわからないが、火曜日からテキストを持ってきてくださいと英語で言っていたので、そのあたりから考えると今日は休みのはずだ。同じく何かありそうな8/8も何も書かれていなかった。まずは明日以降の午後の授業の一覧を見る。好きな授業に行っても良いそうだが、僕はとにかく初級的な授業を選択することにする。日常会話とか文法詰め込みとかそんな授業。そして原子核物理特論の課題を今日中に終わらす必要がある。明日からドイツ語の本格的なレッスンと大量の宿題が始まる。それをやっていたら原子核物理特論に取り組む時間はなくなる。これが最後の課題だ。早く終わらせてしまいたい。少し課題に取り組んでいると、同じクラスのトルコ人のHalukからメッセージが来る。「Masaya, どこにいる?授業だよ」なんだって!そこから急いで支度をして学校へ、無事2限には間に合った。Halukは親しく声をかけてくれる、僕は彼に心からお礼をいう。最後にペワークがあり、イタリア人のAliceと同じになる。イタリア人と日本人がドイツ語で自己紹介をするワークで、これがなかなかに面白かった。Aliceの大学に、交換留学生としてお茶の水女子の学生で来ていて、彼女もまた日本人との交流があったらしい。この街に来て生まれて初めて自分にとって幻想の人物だったイタリア人と話したが、イタリア人は雰囲気や立ち振る舞いからすでに美しく、日本人の自分には何か言葉では言えない品のようなものをすごく感じる。これがイタリア人の誇りだろうか。それから彼らの話す英語はとても丁寧で聞き取りやすく、日本人にとってとてもありがたい。

授業終わり、時間があったので一緒に昼食をHalukととることにする。彼のイスタンブルの友達がHolidayでこちらにくるらしい。少し歩いてその友人と合流する。3人で大学近くのレストランで食事をする。水一杯で3ユーロ取られた。これが日本の外の当たり前かと改めて思う。Halukは飲み物を何も頼まず、Halukの友人はビールとポテトだけ頼んでいた。賢い。お互い英語と母国語しか喋れない一人の日本人と二人のトルコ人が一生懸命英語でコミュニケーションをとる。言語の壁が問題であまり深い話ができないのが残念だったが、幾らか彼らとトルコの移民について考えたり、お互いのガールフレンドに対する考えに話した時間もありなかなかに有意義だった。僕にとって憧れの街、イタリアのヴェネツィアにも行ったことがあるそうだった。スマホの動画を見せてくれた。さすがにこればかりは羨ましかった。まだこの街が存在している間に行きたいと密かに思い続けている街。いつかその日が来ることを切に願って。その後午後の授業に行く。隣にカナダ人が座ってきた。近くに北米の人間が集まって、彼らで井戸端会議をしているのが聞こえる。ヨーロッパの方々の英語というのは非常に落ち着いていてとても聞き取りやすいが、北米の英語は全く聞き取れない。早口で捲し立てるように、まるで言葉のシャワーを掛け合うようなやり取りに少し慄く。野蛮なイメージを持ってしまう。それはまるでこのヨーロッパに残る神聖さや文化的な霊性、そして日本にあるわびさびといったものとは全く共鳴できないような、物質中心的な世界の言葉。こんな国が世界の中心にあって仕舞えば、そりゃ世界は混沌に陥ると、感覚的に思ってしまう。同じ英語でも話者によって全く印象も雰囲気も変わり、全く違う言語に聞こえるという体験を身をもってした。

その後家に帰って食事を作ろうとしたらルームメイトのベトナム人のDoが何やらスパイシーな食事を作っている。少し落ち着いて自分も作ろうと後でキッチンに行ったら、鍋をそのままにしていた。日本人でもこういう輩は多いが、本当に共同生活というものを理解できていない輩が多すぎる。といって、これは日本人同士でも同様の体験を何度もしてきたわけであるが。前のルームメイトのTIllは本当に感動体験だった。僕が住み始めた瞬間、共用部の全てを綺麗に片付けていたからだ。こんな感覚が外国人にあるなんて思わなかったし、彼の精神性には感銘を受けた。仕方ないのでDoの鍋も一緒に洗ってやる。今日もパスタを作る。その後ドイツ語の宿題をやって、久しぶりにDuolingoでドイツ語に取り組む。授業を受けた後だといい復習になる。原子核物理学特論の課題が終わっていない。やろうとしたらwifiの接続がおかしく、東北大の学内webにアクセスできないので今日はもう寝よう。

 

8/5

今日も目が覚める。日に日に状態が良くなっている。今日はもうほとんど全快の精神状態だ。少し御朱印に祈る。最近思うのは、仙台で出会ったドイツ人、イギリス人、アメリカ人、そしてこのドイツで出会ったイタリア人、トルコ人もみんな信仰を全く持っていない。僕はほとんど西洋の人間というのはクリスチャンで皆信仰を持っていると思っていた。それは四国という日本の孤島で生まれ、ほとんど外国人のいない、県外の人もいない、徳島県民だけで構成された閉じた社会で16年生きてきた僕にとって、西洋の人間なんてのはインターネットの上にしかいない架空の登場人物だった。そしてその架空の登場人物は皆、クリスチャンだった。しかし実際自分が多くの外国人とコミュニケーションをとり始めると少なくとも大学のアカデミックな世界に入門している人の多くは自分の宗教や信仰を持っておらず、少なくとも僕はまだ出会っていない。もちろんそれは個という視点で見れば日本人も同じであるが、日本ほど政教分離が進んでいる国も珍しく、そうでない国の若者も信仰を持つものが少ないというのは驚きだった。しかし僕はここに一つの問題点があると思った。僕は元々無信仰であり、その宗教の一切を世界の悪の根源だと決めつけ、Karl PopperやDavid Deutschという理性と科学哲学のみで世界を理解しようとする思想に惹かれ、それを学び、自分の主体としてきた。一切の宗教は根絶されるべきであると考えていた僕にとって、宗教を信仰しない若者が増えるのは幾分かとても良いように思える。しかしそれは、David Deutschがユダヤ人に生まれたにもかからわず己の知識と思考によって神という概念の曖昧さに気づき、理性のみで哲学を築き上げたような知的覚醒を彼らもした結果として無宗教になったのか、それとも単に文化的にどんどん国と宗教の分離が進んだことによって彼らは単純に生まれながらに信仰という道具を持たなかっただけなのか。どちらで無宗教に至っているかで、その根本的な文化崩壊への可能性は全く異なるものになる。もし前者ならそれは覚醒であり、賢者への道であり、社会がどのように混乱に陥っても彼らは決して理性を捨てず前に進めるであろう。しかし、後者の場合。仮に世界のあらゆる文化、価値観が崩壊するような瞬間が訪れるとして、彼らは何を軸に生きていくのであろうか。人間は言うほど強くないことを知っている。強くなるためには苦しい修練と鍛錬が必要だ。そのプロセスを経ることなく、単に生まれながら不幸にも信仰にふれる時間がないだけで無神論者にかかってしまったのであれば、それは今後訪れるであろう世界の混沌の先に、自分の行き場がなくなって壊れてしまうと言う危険がある。むしろ近年急速に進む他国間、他民族間の分離はこれを意図されているのではとすら思ってしまう。朝はそんなことを考え、8時半には家を出発して教室に行く。今日もネッカー川が美しい。今日も授業を受ける。午前と午後で先生が違うが、午前の先生は入門者のクラスなのに、全部ドイツ語で授業をする。これがどのような状況下説明すると、be動詞という初歩的な内容を教えるのに、過去完了や進行形、命令文、orderやdivorceといった動詞や名詞を用いるのだ。これでは全く授業を理解できないので、事前に予習する必要があると悟る。どうやら午前の先生は英語が話せないからドイツ語で授業をしているそうだ。午後の授業ではとても美しくて上品な英語を話せるドイツ人の先生が、英語を用いてドイツ語を教えてくれる。英語で初見の原子核物理や量子情報の難解な授業を受講させられていた僕にとって、ある程度学部で学んだドイツ語を英語で受講できるのはとてもありがたかった。その先生の立ち振る舞いや所作、英語の発音など、すべてが美しく惚れ惚れとしてしまう。授業の中でこういうときめきがあるのは初めてだった。今日は男性名詞と女性名詞の活用について学んだ。名詞が女性だと活用するというのは面倒な話だと思ったが、何かドイツ語を学ぶ中で見えてきたのは、ドイツ語の言語構造そのものが抱える自然や人、社会への敬意のようなものだった。ドイツ語であなたを意味する言葉はduだが、SieやIhrを使えばもっとフォーマルで礼儀正しいものになる。英語はYou以外にyouを表す表現は存在しない。それから数字の読み方も美しい。10はzehnで1はeinsだが、11はelfという。zehnは禅のようだし、elfは妖精のエルフを音から連想する。すると、11という数字は単なる記号ではなく、何か生き物のような質感を持って僕に入ってくる。ドイツ語なんて複雑な活用ばかりするよくわからない言語というイメージだったが、どんどんこの言語の持つ奥行きに気づき、好きになっていっているのがわかる。そんな風にして授業をうけ、break timeにHalukにクオークについて語っていると、スイス人のクラスメイトの女の子が急に話しかけてきた。

原子核物理の話をしてる?それはあなたの専攻なの?あなたは修士の学生?」

僕は普段から声が大きく、普通に話しても声が教室中に響き渡ってしまうらしい。僕がHalukに話したことは丸聞こえだったみたいだ。けどもしかして同じ物理学専攻の人なのかとも思い、彼女の美しい英語に対して僕も日本語訛りの英語で返す。

「そう。僕の専攻は物理だけど、研究テーマは量子光学なんだ。原子核物理はただ授業を履修していただけだよ。しかして君も物理学専攻の人?」

「私は違うんだけど、私のボーイフレンドは素粒子物理を専攻しているの。彼は日本語も話せるよ」

一気に彼女のボーイフレンドに興味が出てきてしまった。会話を続けようとすると、先生が「休憩を終わりにします。席について」と言う。「後で話そう」と一言彼女に伝え、

僕たちは席に戻った。授業終わり彼女に声をかけようとしたが、隣の席の韓国人の女の子と少し話しているうちに、Halukを待たせていたので、彼と二人でカフェテリアに行くことになり、スイス人の彼女と話すタイミングがなかった。明日話をすることにする。また関係ない話だが、中国人と韓国人は外国でEnglish nameという本名とは違う名前を自分でつけていたりする。laylaとかdavidとか。これはかつてフィリピン留学していた時の韓国人や中国人もそうだった。彼らは自分の名前に誇りはないのだろうか。しかし彼らに話を聞くと、名前は限られた選択肢から適当につけるのが普通だから、名前に意味なんてないことが多いと言われた。確かに観光人だけでなく、他の国の人に名前の由来を聞いてもみんな知らないとか、意味なんてないとかいう。親が子供の名前をしっかり考える文化がある日本がどれだけ洗練されているか。そういう発見もあった。

その後Halukとカフェテリアで昼食を食べる。だいたい3〜4ユーロで1食食べれるが、これが外のレストランだと平気で20ユーロとか取られる。しかもしょぼい揚げ物一枚とポテトが一枚の皿に載っただけのものがだ。日本のサイゼリヤ吉野家がいかに優れているかがわかる。今日のメニューはBigMacのパティとソースだけにポテトを添えたようなものだった。日本以外の食事屋は、米もうどんもないので腹持ちが全然良くないと思いきや、僕は異国で疲れているのだろうか、普段なら全然満足しないこのしょぼい食事でも全然満足できてしまう。それはこの国の空気が良いからだろうか。Halukと食事をと理ながら、僕はHalukに水について熱く語っていた。軟水と硬水についてだ。EU圏の人は硬水がほとんどで、硬水に炭酸が入ったものを買って飲んだりしている。いかに日本の軟水が美味しいかということを語っていると、隣の黒人学生が何度もこちらの会話に入りたそうにしていた。Halukに一通り語り終えると、彼が話しかけてきた。

「僕の国ではその水をstill waterと言うよ」

彼の名はジョージ。あのジョージワシントンと同じだ。そこから僕たちは話を始める。まずはつまらないやつだと思われないように全力で語る。彼の英語はネイティブで聞き取るのが本当に難しい。聞き耳を立てて、耳に全神経を集中する。もう飯の味なんてしない。Halukは聞きに徹している。頼む助けてくれ。

ジョージはG6というクラスで、Gのクラスでは一番上のクラスだった。

彼との会話はなかなか楽しいものだった。その後14時になりセミナーの時間になる。

ジョージは僕らとは違うクラスなのでセミナーの教室も違う。僕たちは別れ、僕はHalukと共にセミナーの教室に向かう。この大学の講義室は面白い。さすがドイツ最古の大学だけあって歴史を感じる。ここで学んだ多くの偉人たちが世界に羽ばたいていったのだと胸が厚くなる。

そこで、久々に日本人とロシア人のハーフのAnaに再開する。彼女にあったのは2日前だった気がするが2日前が随分昔のように感じるくらい、長い時間だったのだ。彼女と話をしてみたかったので、テーブルに座って、彼女と対話を試みる。

 

「ロシアの国籍はゴミです」彼女はそうはっきり言った。今の情勢のせいで、ウクライナ人ということで話を通しているらしい。彼女もまた境界を生きている人間だ。日本語、ロシア語、英語の3か国語を18歳にして操る。全く、この街の大学には優秀な人間しか集まってこないのか。Youtubeのビデオの中でしかみたことがないような逸材や秀才、多言語話者、医学生、大学院生など、これが本来の大学という場所かと大きく自分の小ささを実感する。まさに自分は大海を知る井の中の蛙であった。しかし僕はそれで自分を失うことがなかった。それはドイツに来るまえに神道を通して自分のアイデンティティを作り上げていたからだ。

「アナさんは日本語を話す時、少し自信がなさそうに話すよね。英語を話す時と日本語を話す時で全然パーソナリティが違う。それはどうして?」

「私が敬語を話せるようになったのは2年前くらいからです。ずっと日本に住んでたし、日本語がネイティブなのにまだ日本語に自信がないんです」と彼女は答える。

人格やアイデンティティを構成する上で言語は重要な要因となる。全く性格の違う二つの言語を個の確立前の段階から操るというのはバイリンガル教育には些か効率の良い方法なのであろうが障害として、もし2言語どちらも中途半端になってしまった場合、その人は自分の属する文化や境界に戸惑い、それでありながらそれを言語化する術を持たずいつか崩れ去ってしまうのではないか、そんな杞憂もあったものだが彼女の自分軸が確立しているのが分かると、幼い頃から2つの境界に生きるというのも意義深いことであると感じた。40分くらい語り合った気がする。そのあと僕はまっすぐ寮に帰る。

 

滞独日記Lektion2:筋肉に悟られるな(2025/7/30-8/1)

7/30

昨日から眠れなかった。この街に来たことがまだ不安でいっぱいでこの先やっていけるか不安になる。寝ても寝ても眠い気がする。まだ昨日までのフライトの疲れも取りきれていない気がする。寝ようと思えば寝れるような状態。一体何時間眠ったのであろうか。16時には寝ていて、2時に目が覚めたので、10時間は寝ていた。昨日は何も食べずに寝た。食べ物を買う場所を見つけることすらするエネルギーも体力もなかった。起きてまずは靖国神社で書いてもらった御朱印を机の上に置き、祈る。この自分のドイツ、ハイデルベルクでの1ヶ月の旅が無事に終わることを願って。その隣には仙台の泉、賀茂神社でもらった御朱印もある。祀り神とかつての日本の英霊たちに祈りを捧げ、この街での学びが、ご先祖様たちが作った日本という国に還元できるような実りあるものになることを願いまた祈る。少し落ちついた気がする。今日は日本から持ってきた甚兵衛を持ってきて歩いてハイデルベルク大学まで行くことにした。google mapで調べたら50分くらい歩けばいいらしい。

甚兵衛を着てまずは朝ごはんを買いに行く。REWEというコンビニのような場所が徒歩15分くらいのところにあるようなので歩いて向かう。Google mapで調べていく。本当に文明の利器に救われている。これがなければ僕はどこに行ったらいいかすらわからなかった。これは命綱のようなものだ。寮を出て川沿いを歩く。この国の鳩はとても元気だ。日本の鳩はあまり高いところに行かず、よちよちと地面を歩いていることが多いが、ハイデルベルクの鳩はワイルドで、高い橋の上にまで一気に飛んでいったりする。見た目は全く同じなのに性格も違うというのが面白い。川沿いを歩いていると、向かってくる人たちみんな白人ばかりだ。彼らから一瞬の視線を感じる。けれどこの街の人々の気質は日本人に似ているところがある。あまり過度には他人に干渉しないような、けど広場や公園ではたくさんの人が集まり友人や恋人とそれぞれ自分達のコミュニティーと自由な時間を過ごしているような感じ。けどもし入れてくれと行ったらもしかしたら紳士に一緒に混ぜれくれるような気もしそうな人の良さも感じる。公園のベンチで座ってボ〜ッと景色を眺める老人や、一人で座って読書に耽る賢そうな女の子もいた。

みんなそんなにスマートホンを見ていない。自分達の今に集中している気がする。歩きスマホをしているのは大抵アジア人だ。中国、韓国の子たちは女の子が多く、彼女たちは日本の女の子とそんなに変わらない格好でスマホを片手に色々検索したり何かSNSでも見ながら歩いている。それ以外の人は全くと言っていいほどスマホを見てない。これは日本では失われた景色かもしれない。

改めて感じる。家の中でスマートホンを見て時間を潰し、外でさえそれを見ている時、僕たちは一体世界の何を見ているのだろうかと。画面に囚われている時、僕たちの心は自分の中にはなく、もちろん外の世界にもない。誰かが広告費のために作ったコンテンツで僕たちは自分達の時間を奪われている。休みの日に、公園に出て一人で読書をしてみたり、恋人と川沿いで語り合う人たちが日本にどれくらいいるだろうか。都内だとそんな場所は二子玉川のあたりしかなかったが、完全にスポット化してスマホで写真を取り合う人たちが多く、自分の内側に集中している人たちはほとんどいない。それでも都内の中では好きなスポットなのに変わりはないが。ハイデルベルクは人は多いが密集し過ぎていない。それがこの街の良さなのだと思う。

そしてそんな想像に耽りながら歩いていると、また違った考えが浮かんでくる。今甚兵衛を着て歩いている自分はただ個を主張しようとしているだけの野蛮人なのではないかと。

そんなことを思いながら大学につく。広くてよく分からない。この大学はドイツで最古の大学らしい。

今日は確認テストのようなもので、クラス分けのためにドイツ語の知識がどの程度あるかの確認をするそうであった。講堂はまだ空いてなくて、人だかりができている。その人だかりの中から、見覚えのある顔を見つける。そう、あれは昨日出会った日本人のハルキだった。ハルキと話をしていると、一人高齢の日本人女性が話しかけてくる。

「あなた日本人?」

「はい、そうです」

日本人は比率的に少なく、特に僕は甚兵衛をきていたこともあって目立っていたらしい。彼女のハンドルネームはSasameyukiというそうである。谷崎潤一郎の小説、細雪から持ってきたものらしい。何やら70歳以上になるそうだが見た目は50代くらいしにしか見えず、この前までバリバリ働いていたそうである。英語圏ドイツ語圏で働いていたらしく、その時のハンドルネームがSasameyukiだったそうだ。僕の目の前に多国籍な女の子グループがいた。3人で喋っているとちょうど僕が二人に楽しげに自分の話をして笑っているタイミングで、その奥のグループの僕のちょうど真向かいにいた女の子と目が合った。絶妙なタイミングで目が合ってしまったわけで、変態だと思われないかと少しドキッとする。まぁそんなこともあるだろうと思っていると講堂が開き、入ってもいいよとアナウンスされる。

とにかくよく分からないまま講堂に入る。試験が始まる。終わったら勝手に帰っていいそうである。僕はドイツ語なんて覚えておらず、適当に答えて早く終わったので、僕は先に外に出て日本人の高齢女性のSasameyukiさんと日本人のハルキの二人を外で待つことにした。

講堂の外で待っていると僕の斜め後ろに、さっき目が合った女の子がいた。結構近づいている感じがする。僕のパーソナルスペースに入ってきているくらいに近い。そこで彼女に思い切って話しかけてみた。

「ハロー、アーユーウェイティングフレンズ?」バカみたいな英語を喋ってみる。

「Yes!」満面の笑顔で彼女は僕に返してくれる。その笑顔に電撃が走った。

「ミートュー!アイムフロームジャパン!ハウアバウチュー?」と返し、そこから僕たちは色々と話し始めた。彼女の名前はイレニアと言い、イタリアから来たそうである。確かに彼女は白人で瞳孔が緑がかっていた。すごく透き通っていて美しい瞳をしていた。話をしているとSasameyukiとハルキが出てきた。イレニアとはここで連絡先を交換して、離れることにした方がいいと思い、連絡先を聞くと、ラインをやっていると言う。驚いた。西洋人がラインなんてするのかと思いなぜラインをしているのか尋ねると、日本に半年来たことがあるそうなのだ。イレニアにハルキとSasameyukiを紹介するとSasameyukiという名前から「谷崎潤一郎ですね」とイレニアは言う。衝撃が走った。日本語を知っているどころかあまりに文化レベルが高すぎる。外国人のレベルじゃない。イレニアは大学の授業で日本語を学んでいたそうだが、喋るのは苦手だそうだ。

イレニアも友達を待っているそうなので、僕らはそこで別れた。その後日本人3人で大学の食堂のカフェテリアで語り合う。そしてバス停でSasameyukiさんを見送り、ハルキと買い物をして帰る。ハルキは自転車で帰るそうだ。それを見送って僕はまた歩いて家に帰る。

なんだ今日はいい出会いがあった気がする。今日はドイツで初めての自炊に挑戦する。ベーグルを買ったが臭くて食えない。パン屋のじゃなくてスーパーで売っている工場で作られた既製品なのだが、これがとても臭い。フィリピンのスーパーで買った食パンを思い出す。あれも臭くて甘ったるくて食えなかった。乳酸菌のような臭さだが、日本では嗅いだことのない独特の薬臭いような酸っぱいような変な匂いだ。とても食欲をそそる匂いじゃない。それからパスタを茹でる。ソースは買った。しかしソースにはトマト成分が多くて香辛料や調味料は全く含まれておらず、塩気が全くなかった。日本から持ってきた麺つゆを混ぜる。やはり麺つゆは万能だ。これがあればなんでも上手くなる。久々に自炊で腹一杯食べる。米以外で腹一杯になれるのはこの国にはパスタしかない。パスタはよく作っていた。それに関しては自信がある。野菜も日本より安く、レタスもキャベツもトマト1パックも全部それぞれ1ユーロかそれ以下だ。これは大きな魅力だった、しかもどれも新鮮で美味しい。日本以外の外国の野菜がこんなに美味しいなんて知らなかった。腹一杯になった。洗い物をして歯を磨いたらこの日もさっさと寝ようとしたらルームメイトのドイツ人Tillが帰ってくる。少し話そうよとTillから言われる。結構嬉しかった。

TIllとの会話を少しする。どうやら日本に来る予定があるそう。京都より仙台を薦めておいた。その後は歯を磨いて眠ることにした。まずい、全然課題が進んでいない。

 

7/31

今朝はもっと早く起きたが、目が覚めたのは朝の6時過ぎだった。一度3時くらいに目が覚めたが二度寝した。まだ寝ようと思えば寝れる気もするが割と目覚めは快適だった。ドイツの夏の昼は長く、夜の21時過ぎくらいが日本の夏の19時くらいの空の色と同じだ。つまり空が完全に暗くなるのは22時を過ぎてからでそれまでは空は明るい。20時でも普通に明るくて驚く。ドイツの気候は快適で冷房をつけていなくても汗をかかない。仙台の寮では真夏で湿度も90%を越え、夜でも暑いのに冷房がなくて死にかけていた地獄のような日々と比べれば、ドイツの気候とハイデルベルクの寮は天国だった。昨日の夜からずっとイタリア人のileniaのことを考えていた。僕にとってすごく気になる存在になった。東北大の授業の場の量子論原子核特論の課題がJST(日本時間)で8/6と8/8までに提出しないといけないのに全く着手できていない。これは大変だ。しかし身支度をしている間に時間になり、僕は入学セレモニーに向かった。とりあえず一番前に座る。隣に日本人の友人のハルキが座ってくる。「甚兵衛来てるからすぐわかったよ」相変わらず彼は爽やかでいい男だ。

さて、そんなこんなでまた彼と他愛のない会話をしていると、一番前の席は教授の席だから移動してくれと事務員のような人に言われる。どこの席に移動しようか辺りを探していると、ハルキはあそこに行きたいと指し示した。その場所は全然入りにくい場所だったが、おそらく彼にはなんらかの考えがあるのだろうと思い、そこに向かった。ハルキと喋っているとハルキの隣の女の子がハルキに声をかけてきた。「日本人ですか?」そうやら彼女は日本人だったらしい。名前はサラというそうだ。気が付かなかった。ハルキはアジアンの中でも中国、韓国、日本人をほぼ百発百中で当てれる目を持っていた。これは特殊能力のようなものだ。おそらく彼は微妙な見た目の違いというより、オーラというか、その人が纏っている雰囲気でそれを識別している気がする。セレモニーは学長のような人が開学の挨拶をし、その後バイオリンによる演奏が行われる。演奏を聴くのに集中するためずっと目を閉じていると、イレニアのことばかりが浮かんでくる。昨日ほんの一瞬話しただけなのに、彼女の大きな笑顔が忘れられない。

セレモニーが終わり、講堂を出て、日本語で3人で話しているとどんどん日本人が声をかけてくる。気づいたら8人ぐらいの大所帯になり、みんなでCafeteriaに向かった。その中には昨日の75歳の大御所Sasameyukiさんもいた。日本人の中で最も精神性の高い女性だ。みんなで他愛もない話をしていて、ふと携帯を見ると2時間前にイレニアからラインが来ていた。「Masaya,今どこにいる?」とメッセージ。嬉しさと気づかなかったことへの申し訳なさですぐに返事を返した。

返事はシンプルだった。「会いたい。みんなと学食にいる。今どこ?」という内容のラインを送る。しばらく待つと友達を連れて僕たちのところへやってきた。すぐに話をした。こんなすぐに再開できると思わなかった。僕は拙い英語で、夢中でイレニアと喋った。イレニアにさっき知り合った日本人たちを紹介し、みんなで会話をする。会話が落ち着いたら、イレニアとほぼ1対1で話したかったことを色々と喋った。

イレニアの地元の街のことや大学のこと、専攻のこと、そして僕自身も自分の出身や神道について熱く語った。

イレニアはイタリアのモデナ出身でボローニャ大学の2年生でドイツ文学と日本文学を専攻しているらしい。将来の目標があって、ドイツで文学の教授になりたいらしい。アカデミックの世界で学問の探究を行い、その後それを教授する側の人間になるということ、なんと尊いことであろうか。僕はさらに彼女にどんどん惹かれているのを感じた。

古事記を持ってきていたので、古事記を見せると、イレニアも「それ知ってるよ」とすごく嬉しかった。その場にもう一人スペイン人の女の子もいて、その人も神道を知っていた。なぜ知っているのかを尋ねると、彼女の専攻はアートで、日本の宮崎駿もののけ姫が一番好きだと言っていた。そしてそれが神道から影響を受けているからと彼女は教えてくれる。

日本国内でもジブリ好きを宣言する人は多いが、そのルーツや背後にある文化にまで迫れる人は日本人でも少ない。にもかからわず、こんな異国でそれに触れている人に出会えたことに驚きを隠せない。間違いない。この街には精神性の高い人が世界から集まっている。それはこのハイデルベルクの街に古き良きドイツの伝統が残っているからだろうか。だからこそ自国の文化・歴史に誇りを持ち、他国の文化に敬意を払える精神性の高い人間が集まっているのだと思う。

とても楽しくて、心が躍ったのを覚えている。異国の地で不安だった昨日までが嘘のようだった。ずっと喋っていると、僕らの輪の中に、また外国の学生が入ってくる。英語で入ってくる。「ここはサマースクールの集まり?」そんな感じで話しかけてこられた気がする。彼も入ってきてまた会話が始まる。けど僕は彼の人相にあまりいい印象を抱かなかった。人は見かけによらないとはいうが、僕は初対面での直感を大事にするようにしている。そこで、少しした後、イレニアに尋ねる。「この後どうするの?」

「友達と買い物に行くよ」

「僕もついていっていい?」

イレニアは大きく笑う。そして「構わないよ」と続ける。

そして、その場にいたイレニアの友達のスペイン人と3人で街に出た。その途中でまた別の女性がイレニアたちに合流して現れた。彼女はアレクサと言い、コロンビアにルーツを持つアメリカ人であった。3人の英語の会話に入ることはできなかった。イレニアたちはあえて僕のレベルに合わせて英語のレベルを下げていたことがわかった。アレクサの英語はあまりに流暢すぎて聞き取れないし、聞き取れても何をいっているのかちっとも分からなかった。そうやって蚊帳の外に置かれたような寂し気持ちでいると、さっきまで話をしていた「結構自分英語を喋れる」といった自信が完全に喪失する。運命はいつも僕を試してくる。本当にそう思う。

4人で雑貨屋さんに入った時、そんな僕を察したのかイレニアが日本語で僕に話しかけてくれる。

「学校を卒業したらどうしたいですか」

イレニアは竹取物語を読んでいるくらい日本文化に対して造詣が深いが、日本語を話すのは少し苦手だと言っていた。なのに自分に日本語で話しかけてくれた時、僕はすごく嬉しかった。そんな彼女の優しさにどんどん惹かれていっている自分がいることがわかった。もし日本語で話をして通じなかったら、辛いのと、気を遣わせている気がして申し訳なかったから、僕は英語で返答をする。伝えた内容はイスラエルかウィーンでPhDに進むことを考えているから、そのために来月面接があるという話をした。

すると彼女は今まで使っていた優しい言葉とは対照的は表現を使う。

イスラエルはShit! 行くな!」

その時なぜ彼女がそこまでイスラエルに対して批判的なのかは分からなかった。僕は彼女にイスラエルの科学技術に可能性を感じているから留学したいのだというと、

「それはもちろんわかっている。けどあの国は本当にshitなんだ」

彼女がそんな風に言う理由を聞こうとしたけど、グループは店の外に出るようだったので会話が中断する。イレニアが他の二人と次の行き先について話している。やっぱり何を言っているか分からない。

次にスーパーに行く。ドイツのスーパーは特殊で、入り口と出口に改札のようなゲートがあり、なんだか入るのが怖く感じる。おまけにドイツ語もわからないので、何か注意をされてもわからないのだ。野菜やパンに関しては測りのようなものがありどうやって買うのかわからない。イレニアが僕にずっと付き添ってくれる。まるで介護士の人と介護される老人だ。イレニアの親切さを嬉しく思う反面、なんだか一人の男として情けなく感じる。イレニアは僕に付き添ってばかりで自分の買い物をしない。だから僕は彼女に尋ねた。

イレニアに「君は買わなくていいの?」

「私は後で買うからいいの」

「そ、そうなのね」と弱い返事しかできない自分。彼女に僕は気を遣わせ続けている。僕がこなければ彼女は今頃自分に必要なものを買えていたはず。申し訳なくてたまらなくなる。イレニアはとても僕に世話を焼いてくれた。

「あなた筋トレするの?じゃあタンパク質ほしいよね。卵はこっちで牛乳はこっち。鶏肉はここかな」

なんて僕と一緒に必要なものを選んでくれる。たった今出会ったばかりの日本人のよくわからない男にこんなに親切にしてくれるイレニアという女性は一体何者なのかと僕は思う。とにかく全てが思いやりと親切に満ちていて、僕は彼女に従うしかなかった。

「もう必要なものはない?」と問うイレニアに

「うん。大丈夫」僕は情けなく答える。

「じゃあレジはあっち、ねえ袋持ってる?」

「うん。日本から持ってきたのがある」僕は自分のリュックサックにいつも業務スーパーの袋を入れている。

一緒にレジに行く。レジは日本のレジとは全く違う。自動レジと有人レジがあったが、有人レジはベルトコンベアにカゴから商品を全部出して載せる。自動レジで会計するのがめんどくさいのはスーパーのベーカリーでパンを買った場合だ。パンは会計用のバーコードシールが印字されていない。僕はパンを買っていたからイレニアは有人レジに僕を並ばせた。そして一緒に並んでくれる。

買い物が終わると、残り二人のことも待つ。待っている間、僕はイレニアに対して申し訳なさがいっぱいなのと自分の不甲斐なさで、礼だけ言ったあと閉口してしまっていた。少しの沈黙の後、僕は今にも崩れそうな自分の心をグッと押し込み、空元気を振り絞ってイレニアに語る。

「イレニア、本当にありがとう。こんなに親切にしてもらえて感謝している。精神性がすごい人を僕は黄金の精神を持った人だと呼んでいる。君には黄金の精神がある」

一体自分は何を言っているのだろうか。なんだか上から偉そうに言っている気がする。これじゃあ本当にヘルパーさんとご老体の老人と一緒ではないか。ジジイが若い人に礼を言う時の言い方と一緒である。今その時のことを振り返るとそんなことを思う。

けどその時僕が黄金の精神と言いたかったのは、ジョジョの奇妙な冒険からだった。ジョースターの意志を受け継ぐものは皆、黄金の精神がある。きっと僕は、彼女が自分に惹かれている理由づけとして、彼女の精神性の高さを評価したかったのだろう。それと、頭がパニックになっているのに無理に空元気を出したのでこんな訳のわからないことを言ってしまったのだ。

それに対して彼女は小さく笑いながらありがとうと言ってくれる。

後の二人がきて4人で駅に向かう。イレニアにどうやって帰るの?と聞かれたので歩いて帰ると答える。するとイレニアは「絶対に電車に乗った方がいい」と押される。僕はもうイレニアに逆らえない。けどドイツの路面電車は、乗り方が日本と違い、まずバスの中に精算機がない。外でチケットを買ってそのチケットをバスの中に入れるか、アプリを入れるかの2択の方法があるが全部がドイツ語でよくわからない。券売機は英語に翻訳もできない。そこで僕は情けないことに、イレニアに電車の乗り方を教えてもらう。道中、マクドナルドを見かける。マックでバイトしてる話をしたが「わかったよ」と塩対応気味だった。流石にイレニアも疲れていると思う。

バス乗り場に来て彼女に券売機を操作してもらう。「家に着いたら教えてね」とだけいい彼女は去っていった。

もう僕のライフは0だった。男としてこんなに年下の女性に頼りになりっぱなしになるのは人生で初めてだった。スマートにエスコートなんて全くできなかった。自分の不甲斐なさに悲しくなる。しかも最後は結構イレニアも疲れていそうな感じだったし、全てがただただ申し訳なかったのだ。

寮に無事に着く。ラインを送る。まずは今日のお礼を伝える。

そしてなんとか今日の不甲斐なさを挽回しようと思い、食事を奢らせてほしいと誘うがあっさり断られる。僕の心はズタボロだ。

少し寮の中で休んでまた歩いて大学に戻る。この後ガイダンスがある。

ガイダンスでサラたちと喋り少し安心する。さっきまで英語で一人格闘していた僕にとって日本語で話せる安心感は大きい。けどたわいもない会話に疲れ、物足りなく感じている自分に気が付く。頭が痛くなってきた。早く帰って寝たい。

ガイダンスはドイツ語だったので何を言っているかさっぱりだった。写真だけ撮ったので後で必要に応じてchatGTPに翻訳させよう。また歩いて帰る。

物乞いのイスラムの老婆を街中で見かける。さっきの帰りにも見かけた。道に跪き、ずっと両手を合わせ、コイン入れを出している。下をむき手を合わせてシェイクするようにリズミカルに何度も祈りの姿勢を続ける。久しぶりに見た。フィリピンの時ほどではない、ほんの一人しか見かけなかった。数は少ない。だけれでも、その物乞いに対して人々は彼女がいないふりをする。通りの人々にとって、彼女の存在は視界に入れるべき存在ではなく、いないのと同じ存在。誰も気にかけない、気にかけてはいけないと思っている。その老婆の数m先では、情熱的にストリートの上で若い男女がハグをしている。とても幸せそうだ。幸せな二人のほんの数m先は、この世界に希望も何もなく、なすすべなくただ祈って物を乞うことしかできない老婆。しかし誰が望んで物乞いになるために生まれてくるだろうか。もし仮に人は生まれる前に自分の魂の修練の場として親や生まれる環境を決めて生まれてくると仮定しよう。そこであえて過酷な環境を選んだとする。すると生まれた先にどんな不幸が待っていようとも、それをあえて自分が選んだんだと思うことで、幾らかの修練というのは積めるのかもしれない。しかし、そこまで人は強い物だろうか。そう自分に言い聞かせることは余計に自分の首を絞め、むしろ追い込むことにつながらないだろうか。だとしたらこのロジックにおいて何かが合理的ではないのは明白だし、物乞いの人に「あなたの人生がそうなったのはあなたのせいです」ということは何かとても理にかなっていない気がする。生まれた時から十分な教育があり、お金を自分で稼げるまで親や国がサポートしてくれていたならあの老婆はもしかしたら今シニアのバリバリのキャリアウーマンで家族を持ち、周りからもとても信頼されている美しい女性になっていたかもしれない。そう考えた時、自分はただの運がいい存在なんだと気がついた。日本に生まれ、十分な教育が与えられ、お金を払ってこんな西側の外国まで来ている。僕もただ運が良かっただけだ。それでも自分のことで手一杯で、この女性を独り立ちさせれるほどの能力はない。今の自分では世界の理不尽をまだまだ正せないのだと、物乞いをする老婆を見て思う。

夜、Tillは実家のMeineに帰るそうだ。母親も一緒に来て、荷造りをしていた。そしてなぜか代わりにDoというベトナム人がきた。安く寮の部屋を貸したらしい。日本ではそういうのは規約違反だがこの国のこの学寮ではそれが許されているのだろうか。ただこういうことにあまり首を突っ込んでも仕方ないのでこのベトナム人と残り1ヶ月うまくやることにする。

寝る前に眠たい目を擦りながら場の量子論の課題に取り組み始める。とりあえず問題を3問解く。意外と平易な問題で、この課題はなんとかなりそうだと感じ、夜も遅かったのでここで切り上げて眠りにつく。

 

8/1

いよいよ8月が始まる。なんだかドイツにきてたったの3日間で怒涛のように衝撃的な日々が続いていた気がする。昨日は夜の23時には眠りについた。そして目が覚めたのは4時なのに不思議と目覚めはスッキリしている。一瞬、恋の魔法が解けたような感じがする。 目が覚めた時は最も頭が冴えていて、邪念は消えている。最も邪念がない状態だったので、起床してすぐの僕は冷静になっていた。昨日の舞い上がっていた自分を省みる。起きてすぐ、頭はイレニアのことでいっぱいだった。

イレニアと距離を置かれてしまい、なんだか次見かけたとしても声をかけるのが気まずい気がする。というのは僕は声をかけたくてかけたくて仕方ないし、もう一度昨日のお礼も言いたいが、相手がもう僕なんかと話したくしないと思っていれば、それは相手に気を遣わせていることになるしと思ったりで、僕はどうすることもできない。本当につくづく自分は恋愛ができないものだと思い知らされる。まさかこんな西側の遥か遠方の国に来てまで、かつて東京で感じた胸の締め付けられる思いをさせられるとは。そしてこんな気持ちになるたびいつも思う。僕はいつまでこの繰り返しのゲームをするのだろうかと。でも今回はとても展開が早かった。かつて僕が最も横浜で情熱的な恋をしたとき、彼女と出会ってから破局を迎えるまでは半年くらいかかった。それに対して今回はそれがたったの2日で終わった。僕は度々繰り返しのサイクルを経験するが、そのサイクルはどんどん加速しているように感じる。とにかく今日はイレニアに遭遇しないことを願って学校へ向かう。そしてそんなことを考える自分に対して、なぜ愛した人に憎まれることを恐れてその人に会うのを避けようとしてしまうのかとも思ってしまう。こんなことがなぜ起こりうるのかと。愛を愛のままで世界は自然な形で必ずしも終わらせてくれるわけではないことにいくらかの悲しみを覚える。

まだ昨日のことで体が軋んで痛い。僕はいつも恋をすると本気になりすぎて、全身の神経に強い負荷がかかり、体の節々が痛くて痛く仕方なくなる。文字通り身も心も痛くて痛く仕方なくなるのだ。今日はもう外になんか出たくない。初日から学校をサボってしまおうかとも思う。しかしそういうわけにもいかないのでなんとか頑張って支度して外に出る。途中でexcursionに必要な支払いのために必要なIDカードを忘れたことに気が付く。また取りに帰る。そしてまた向かう。今日もいつもの道を歩く。とても美しい眺めだ。自然が多く、鳥たちが僕を迎えてくれる。今日は街中でヨーロピアンの男性二人からHalloと声をかけられる。笑顔で返し、まっすぐ進む。僕はこの大学までの通りの道がすごく好きになった。40分以上歩いているのだけど、一瞬に感じられるくらいとてもいい場所。大学に着く。クラス分けの場所を見る。G1という一番初級のクラスだった。ドイツ語は大学1年の時に履修していたがそれ以降触れることもなく、こっちにくる前にいくらか勉強するような時間は全くなかった。とにかく課題に追われていたのだ。チームと顔合わせをする。このクラスはほとんどChineseしかいなかった。後はほんの少しのAsianとトルコ人がいた。僕はトルコ人に英語で声をかけ、その人と授業を受けた。彼の名前はHalukという。日本人には馴染みにくい名前だが、スペルを覚えるとすんなり受け入れられた。出会った人とはすぐにWhatsappを交換するようにしている。ドイツ語の授業を受ける。初歩的すぎてつまらない。WessenとかIch binとか入門書の序盤にどこでも嗅いてるようなことを学ぶ。die, das, derとかの冠詞については全くといっていいほど忘れていたのでいい復習になった。授業が終わると、本当はexcursionの支払いをしないといけなかったがなんだか急に行く気がなくなってきていた。支払いをしなければ自動キャンセルされる。まだ場の量子論の課題も終わっていないし、僕はとにかく一人になりたかった。イレニアとの傷心がまだ心にこべりついて離れない。とにかく眠っていたかった。Halukとは結構話をしたがさっさと帰ることを伝えて帰ることにした。家に帰る途中の道で今日は寄りたかったパン屋による。店員さんがHalloと声をかけてくれる。Halloと返しシンプルなバゲットを買う。その後また違う店で今度はサンドイッチを買う。今日はこれで帰ることにする。家に着いたらそれを食べて眠る。今日もまた何時間も寝ることになりそう。でも眠くて眠くて仕方がない。場の量子論の課題は明日に回そう。なぜならexcursionの支払いをしなかったので二日とも休みになった。